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■プロフィール

オッチャン先生:山下重喜

Author:オッチャン先生:山下重喜
小学校でのPTAの役員を機に現在に至るまで地域の子ども達の育成に関わっている。また「おやじの会」を発足し「地域の子どもは地域で育てる」活動をしている。平成18年に発足した「日本おやじの会連絡会」で全国のおやじの会の情報交換の場としてホームページを開設,全国おやじサミットの支援やネットワーク作りをしている。
現在は毎日小学生新聞の親と子の悩み相談コーナー「悩みなんか吹き飛ばせ!」で「オッチャン先生」の名で回答中。

元松陽小学校PTA会長(H13・H16)
元樫原中学校PTA会長(H17・H19)
松陽オヤジの会初代会長
日本「おやじの会」連絡会事務局長
京都市PTA連絡協議会IT委員会委員
松陽学区社会福祉協議会会長
西京区社会福祉協議会評議員
史跡 天皇の杜古墳保存会副会長
桂病院治験委員会委員
社会福祉法人京都社会事業団第三者機関委員
1953年生,京都市在住,高校1年生
の息子1人との父子家庭

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最悪
これから入院となった。
参った。
当分,PCは開ける事が出来ないなぁ。
では,行くとするか。。。

子育て・家庭・学校 | 20:59:40
所変われば・・・
所変われば品変わると言うが,世界には色々な出来事があるものだ。
スウェーデンで8歳の少年が誕生日のパーティーにクラス全員を招待しなかったことを学校が問題視し,これに反発した少年の父親が議会オンブズマンに苦情を申し立てたとの事。それをめぐって,地元紙のウェブサイト上で賛否両論の熱い論争が起きたらしい。
まぁ,日本では考えられない事だろう。

少年が通う南部の町ルンドの学校では,クラスでパーティーの招待状が配られた時は全員が招かれなければならないと言う決まりがあるらしい。しかし,少年の招待リストからクラスメート2人が除外されていたので,教師がすぐに全ての招待状を回収したとの事。
校長は「2人が招待されなかったのは許されない。のけ者にされた2人は悲しんでいる」と語ったと言う。

これに対し少年の父親は問題となった2人の男子について「1人は自分の誕生日に息子を招待しなかった。もう1人は半年も息子をいじめてきた。敵意を持つ者を誕生日パーティーに招待したりはしないだろう」と語り,招待状が取り上げられたことについては「手紙を盗むようなもので,息子はひどく心を痛めている」として,議会オンブズマンへの苦情申し立てを決めたという。

この問題が地元紙で報じられると,数日中にそのサイト上に200近い意見が寄せられ,大半は「子供の望む通りに招待させてやれ」などと父親の肩を持つ意見のようだが,中には学校側を支持するものもあったそうだ。これに対して,議会オンブズマンは苦情に対する判断を9月に示す予定らしい。

こんな事,日本では考えられない。しかし私が知らないだけで ,あるのかも知れない。確かにクリスマスパーティーや誕生日パーティーに友達を呼ぶというのは,私の小学生の時からあった。我が子もやっていた。
しかし呼ぶ相手は,仲の良い友達だ。確かに平等にクラス全員を呼ぶ方が良いのだろうが,逆に,呼んだとして来て貰えない子どもはどうするのだろう。それも傷つくのではないだろうか。
仲が良いから誕生日パーティーにも行くのであって,仲の良い相手でなければ,行っても面白くないだろう。

そう言うパーティーには全員を招待すると言う決まりが学校にあると言うのも不思議だ。そこまで干渉して良いのだろうか。

スウェーデンと言えば,福祉国家だ。お年寄りがなんの心配もなく老後をおくれる。また障害者にも優しい国だ。
そう言う下地があるので,仲間は外れにされた子ども達は可哀想だという事で,こう言う事になったのだろう。
しかし考え方としては素晴らしいと思う。「国民,みんな仲良く」に繋がる考え方だろう。
何だか「う〜ん」とうなされるニュースだった。



子育て・家庭・学校 | 10:44:54
儀式
水曜日,叔父の告別式があった。20年間ほど寝たっきりだった。
元々は京都府警の交通課警部で,鬼警部だった。
私が学生時代にスピード違反で捕まった。即免停の40キロオーバーだった。検察庁で裁判を受けて確か罰金60000円を払った覚えがある。
この当時,警官の身内や知り合いの違反は,揉み消しがまかり通っていた時代だった。しかしこの叔父は揉み消しするどころか,叔父には黙っていたのに,どこで解ったのか知らないが,突然呼び出されて大目玉を食らった。
「今度,どんな小さな違反でもしたら免許取り消しか,取り上げにするからな!」だった。当時は学生の事故死が多かったので無理もないかなぁ,と思ったものだ。

まだ私がサラリーマンをしていた時,仕事の最中,府警の前を通ったので寄ってみた。昼時だったので叔父と食事に出たら,向こうから怖そうな男の集団が歩いてきた。どこからどう見てもヤクザである。その連中が叔父とすれ違うときに腰を低くして挨拶をした。聞くと○暴(暴力団担当)の刑事だった。
「あのくらいの人間が担当せんと,暴力団を相手に出来ひんのや」・・・・成る程と納得。

それが寝たきりになってから,急に弱くなって・・・。見ているだけで涙が出て来たものだった。
先週金曜日に様態が変わり,日曜日に亡くなった。
私の父親が昨年の10月に亡くなっているので,「もうええ加減に人に迷惑かけないでこっちに来いよ」と呼びに来たのだろうかとみんな言っていた。
こう言う事に対しては,全く無頓着な私は「そんな事あるわけないやろ」と黙って聞いていた。

で,告別式が終わると,火葬場へ行って収骨し,そのあと,また葬儀場へ帰ってきたら,直ぐに初七日法要に入った。
折角皆さん集まっているので,ついでに行うと言うのが,今の流行らしい。
しかし気持ち的には,複雑だ。

葬式というのは形骸化してきているのだろうか。今の仏教は葬式仏教と言われる。田舎に行くとお寺と檀徒の関係が深いが,都会では,お寺を使うときは葬式の時くらいだろう。その葬儀も,結局形だけになってきたのだろうか。
父親の時は,初七日は7日後にやった。
それも形だと言えば形だが,昔からの形だからそうれはそれでOKだと思う。しかしそれも世につれて変わっていくのだろう。
最近は,お寺もお布施が少なくなって,維持するのが大変だそうだ。

そう言えば,小学生の頃,近所のお寺の境内で遊んで,たまに本堂へ上げられて,貰ったお菓子を食べながら住職にお話を聞くと言う環境で育った我々は,知らず知らずの内に「親孝行しいや」とか「悪い事をしたら地獄へ行くから悪さはするなよ」という事を教えられたものだった。
今はそう言う環境は少ない。

昔,親戚が亡くなれば,初七日,四十九日,新盆,1周忌と,その都度,法事としてあった。
しかしこの先,葬式儀式というのも無くなっていくのだろうか。

そう言えば,イタリア人が感心していた事がある。今回の落書き騒動で,日本人が謝罪をした言う事に関して,感心しているそうだ。これが日本人の日本人たるところだろう。とても良い風習だと思う。日本人の落書きは極一部で,殆どが日本人以外の落書きらしいが,この奥ゆかしさが日本人の誇りだろう。
昔の良き日本の風習は,是非残していき,後世に伝えていきたいものだ。



子育て・家庭・学校 | 00:58:02
ドラマ
面白いドラマが始まった。
モンスターペアレント」と言う題名だ。興味があったので,見てみた。
教育委員会の設定は,非常に暗い感じの部屋だが,現実はもっとマシだ。それに人数が少なすぎるのも気になるが,ドラマだから仕方がないだろう。
第1回目のモンスターペアレントは,「確かにいる,いる」だ。息も一緒に見ていたが,この保護者に対しては文句を言っていた。
弁護士に対して意見をしている教育委員会の指導主事がいたが,我がに言わせると「どっちの味方や」であるが,彼はどっちの味方でもない。
どもの事を考えての言葉である。しかし見ている人にとっては,我がと同じように思っている人が多いのではないだろうか。

モンスターペアレントとは勝ち負けの問題ではないのだ。教師はどもの事を第一に考えるから,立場が弱くなるのだ。この母の事がクラスメイトに知れれば,このどもは必ずイジメに遭う。それを教師は懸念する。
指導主事が弁護士に「モンスターペアレントと呼ぶな」と言っていた。確かにそうかも知れない。
イチャモン先生の大阪大学大学院教授の小野田教授も,そう言っている。実は,こう言う保護者が一番学校に近い保護者なのだと言う事だ。
ただ周りが見えないだけなのだ。それが始末が悪い。或る意味,孤独な保護者なのだ。

しかしこのテレビを見ていて,きっとこの「モンスターペアレントの気持ちが解る」と言う視聴者がいるに違いない。そう言う人達に見て貰いたいと思う。「なんでそれがあかんの?」と言う保護者達である。
でもドラマの中で,それを弁護士が諭して行くのだろうが,それで気がついてくれれば良いと思う。

このドラマで「こんなとんでもないいるんですよ」とい言う事を,面白く表現するだけのものであれば,つまらないドラマだと思う。
学校とは大変なところなんだと知らしめるのもOKだと思うが,教師とは,「どれだけども達の事を考えて行動しているのか」と言う事を解って上げて欲しいと思う。
長年,学校と関わっていて本当にそう思う。仕事が多すぎる。私は教師にならなくて良かったと思うくらいである。
よくやっていると思う。
私が教師なら,何回保護者と喧嘩しているだろう。何回も教育委員会へ呼び戻されて再教育させられているに違いない。いや,その前に保護者を殴って捕まっているか,ケツを捲っているだろう。

実際は,教育委員会や学校が弁護士を雇う事はないだろう。学校へ文句を言いに行くのも良いが,「我が『だけ』のため」という事でやっていると,他のども達が不利益を被っていると言う事を知らなければならない。担任の時間を一人で拘束しているという事は,他の児童は不利益を被っているのだ。そうなると,他のどもの保護者が,今度は文句を言ってくる。それも学校に・・・だ。残念ながら元凶の保護者には言わないのだ。(勿論,私は直接,保護者に言うが)
最終的には,我がのためと思っていても,結局は我がも守れない事になるのだ。
これからのこのドラマ,どう展開するのか楽しみだ。


子育て・家庭・学校 | 00:26:39
個人情報保護法
個人情報保護法が制定されて久しい。しかしこの過剰反応が弊害を起こしている。学校では連絡網すら作れない状態。
しかし住所くらい,もし漏れたとしてどんな被害があるのだろう。精々DMが来るくらいではないだろうか。それでなくても一体どこでどう調べてきたのかDMは来る。

阪神淡路大震災の時でも,被害者がどの病院にいるか教えて貰えず困っている人が多かった。
「○○さんは××病院にいます」と言う一覧表すら出せない状態だった。
たとえば個人の情報で,本人にとって身体的にどうだとか,過去の知られたくない情報を出せと言うのなら,保護すれば良いと思う。
しかし住所録を作るだけの事で,個人情報云々と言うのは如何だろうか。

例えば,我々ボランティアで地域の福祉に携わっている者してみれば,お年寄りの詳しい個人情報は欲しいものだ。
これはお年寄りを守るためにどうしても必要な情報だからである。しかし「そんな事,要らぬお世話だ」と言われれば強いて聞かないが,その情報を集める事をお願いする自治会長が,最初から拒否をする事はないだろうと思う事もある。
最近は,お陰様で趣旨を理解して貰って,苦労をしながらも情報を集めて戴いている。
勿論,情報の管理は十分にするのは言うまでもない。

今,防災に関しての話題が多い。我が地域も各種団体を超越して防災ネットワークを作っている。
我が家も,順次防災対策を施して行っている。今年初めには屋根の上の太陽温水器を外した(満水では200キロ近くの重さになる)。また防災金具も取り付けたし地震保険にも入った。
防災に携わっていると,本当に地震は必ず来ると言う事が,ヒシヒシと伝わって来る。防災はやり過ぎると言う事はない。なのにまだまだ身近に感じてない人が多い。
会う人にはシツコイほど言う。でもまだ実感が湧かないから「何とかなるだろう」的な考えでいる。

災害が起こると,「警察や消防は自分の住んでいる地域には来ない」と思わないといけない。物理的に無理である。数に限りがある。
そうなると地域の人達が動くのだ。それも理解して貰わないといけないのだが,これが無理なんだなぁ。相変わらず自治会には入らない人が多い。
自治会に入らないと連携が取れないのと,どこに誰がいるか解らないからだ。
せめて地域に関しては,老若男女問わず,個人情報が欲しいものだ。
京都は,この20数年以内に,必ず大きな地震が来るのだ。
宮城の地震にしても,誰も予想していなかったところに地震が起きているのだ。
だから京都もいつ地震が起こってもおかしくないのだ。
それが解っているだけに,個人情報云々とブツブツ言われながらも個人情報を作っている次第である。

子育て・家庭・学校 | 12:00:39
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