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オッチャン先生:山下重喜

Author:オッチャン先生:山下重喜
小学校でのPTAの役員を機に現在に至るまで地域の子ども達の育成に関わっている。また「おやじの会」を発足し「地域の子どもは地域で育てる」活動をしている。平成18年に発足した「日本おやじの会連絡会」で全国のおやじの会の情報交換の場としてホームページを開設,全国おやじサミットの支援やネットワーク作りをしている。
現在は毎日小学生新聞の親と子の悩み相談コーナー「悩みなんか吹き飛ばせ!」で「オッチャン先生」の名で回答中。

元松陽小学校PTA会長(H13・H16)
元樫原中学校PTA会長(H17・H19)
松陽オヤジの会初代会長
松陽小学校評議委員
樫原中学校評議委員
日本「おやじの会」連絡会事務局長
松陽学区社会福祉協議会会長
西京区社会福祉協議会評議員
史跡 天皇の杜古墳保存会副会長
松陽自治連合会理事
西京区住民円卓会議委員
桂病院治験委員会委員
社会福祉法人京都社会事業団第三者機関委員
1953年生,京都市在住,高校2年生
の息子1人との父子家庭

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学力調査
地域の学力競争をあおっているとの批判もある「全国学力調査」が,25日,事業仕分けで出た結論は「予算の大幅縮減」だった。全員実施を原則としてきた調査に対し,政権交代で文部科学省が出した方針は「4割を取り出す抽出調査に」。しかし,仕分け人たちは「不十分」と切り込み,もっと減らして予算を学校の取り組みに回すべきだと迫る場面もあった。今後,文科省は一層の規模縮小を迫られそうだ。 (asahi.comより)

この学力調査,本当に必要なのだろうか。私が中学生の頃は,業者テストがあった。京都でも大手のAとKと言う出版社が2社,それを担当していた。ところがお上から業者テストは廃止すると言うお達しが出て,模試のみで生きてきたK社は結局倒産した。
なのにここへ来て,また何故全国学力調査として「業者テスト」を行うのか,それが不思議だった。それを担当している会社は1社である。全く疑問視せざるを得ない。官民で裏に何かあるのかと勘ぐってしまう。

学力調査なんて,全国で一斉にしなくても,地方自治体の教育委員会任せて,そこで入札させて業者を決めて,独自の学力調査をすれば良いのである。
また公表をしない学力調査なんて,あり得ない。では何の為に学力調査をするのか。文科省がそれを把握したところで,全国的に学力が上がるとでも言うのだろうか。学力向上に頑張っているのは,現場の学校であり先生だ。しかしその学校や先生に,学力調査を基に,それに合わせて資金なり設備なりを支援すると言うのならまだ話は解るが,それが実行されたと言う話は未だに聞かない。

結果を公表する事によって,地域間の学力格差が把握出来るのだが,しかし根本的には,無駄なテストである。公表するしないを云々する前に,やめるべきなのでる。
業者が喜ぶだけだ。どうして国が1業者の営業確保の手先になるのだ。
これも地方分権でやればよい。そんな金があるのなら,地方に振れば良い。

昔は癒着と言えば国とゼネコンなどの建設関係が多かった。しかし目に見えないところで,結構,癒着が見過ごされているのでは無いだろうか。
今回の事業仕分けは,確かに「それはちょっと行き過ぎかなぁ」と思うところもある。しかしこのやり方は大いに理解出来る。
今までは我々の目の届かないところで行われていた税金分取り合戦であった。それを白日の下に晒されると言う事は,とても良い事だと思う。
1つここは,必殺仕事人さんに泥を被って戴いて,我々国民の為に頑張って貰いたいものだ。

子育て・家庭・学校 | 10:34:01
謙虚さ・・・知恵の蔵を開く
平凡な人間が成功を収める秘訣は・・・。まぁ,何が成功か解らないが,財産を作る事も成功だろうし,事業に成功する事も成功だろう。
しかし私は人間が人間らしく生きる人生を送る事が,人生成功者と思っている。

京セラの稲盛名誉会長は(私の話は稲盛さんの話が良く出て来る。好きな経営者の1人だからだろう)「私は技術者として,また経営者として,長く『ものづくり』に携わる中で,偉大な存在を実感し,敬虔な思いを新たにすることが少なくありませんでした。」
「大きな叡知に触れた思いがして,それに導かれるように,様々な新製品開発に成功し,事業を成長発展させ,さらには充実した人生を歩んできたように思うのです。」
と言われている。しかし稲盛さんに限らず,大企業の創業者は,とかく宗教者の様な事を言う。1つの悟りなのだろうか。

この理由を稲盛さんは
「それは偶然でもなければ,私の才能がもたらした必然でもない。この宇宙のどこかに『知恵の蔵(真理の蔵)』ともいうべき場所があって,私は自分でも気がつかないうちに,その蔵に蓄えられた『叡知』を,新しい発想やひらめきとして,そのつど引き出してきた。」
と言われている。非常に謙虚さを感じる。
 
「汲めども尽きない『叡知の井戸』,それは宇宙,または神が蔵している普遍の真理のようなもので,その叡知を授けられたことで,人類は技術を進歩させ,文明を発達させることができた。」
「私自身もまた,必死になって研究に打ち込んでいるときに,その叡知の一端に触れることで,画期的な新材料や新製品を世に送り出すことができた」──そのように思えてならないとの事。
 
しかし本当に「知恵の蔵」なんて有るのだろうか。またそれをどうしたら得る事が出来るのか。これを私が言えば,霊感商法で壺や印鑑でも売りつけられるんじゃないかと,聞いた人は引いてしまうだろう。

では,人格者の稲盛さんはどう言っているかと言うと
「『知恵の蔵』の扉をひらき,その叡知を得るにはどうしたらよいのでしょうか。それには,一点の曇りや邪心もない純粋な心を持って,燃えるような情熱を傾け,真摯に努力を重ねていく事しかないと考えています。」
 
美しい心を持ち,夢を抱き,懸に誰にも負けない努力を重ねている人に,神はあたかも行く先を照らす松明(たいまつ)を与えるかのように,『知恵の蔵』から一筋の光明を授けてくれるのではないでしょうか

これを稲盛さんは「自分自身の経験から」強くそう思ったそうだ。

「そうでも考えなければ,どこにでもいそうな青年でしかなかった私が,京セラやKDDIといった企業を設立して,今日のように発展させることができた,その理由を説明することができないからです。」

これは非常に謙虚だと思う。非常に僭越な言い方だが,「実る程,頭を垂れる稲穂かな」である。当時,従業員の私に対しても,丁寧な言葉でお話しされていた。
地域の小学校で3年越しで講演をお願いして来て戴いた時でも,私を立てるような事を話の中で話しておられた。この時は,もう私は退職していたが。
 
そして,何が一番大事なのかと言うと
「『世のため人のため,この事業をなんとしても成功させたい』と強く願い,必死の思いでひたむきに仕事に取り組んでいました。その努力の報酬として,『知恵の蔵』に蓄積されている叡知の一部を与えていただいたのではないかと思うのです。」

である。自分の為ではない。自分が開発したものは,世の中の為になるものにすると言う決意で商品開発をする。ただ金を儲けるなら,死の商人になって武器を売れば良い,ヤクを売れば良い,女を売れば良い。しかしこれではまともな人生は送れない。何の為に金を儲けるのか。自分の為ではない。やはり最高の人生を送るのは,他人の為に生きる事だろう。

最後に稲盛さんは,これはビジネスや商売に限らず「美しい心を持って,一心不乱に何かに取り組んでいる人は等しく,その恵みを受けることができると私は考えています。」
と言っている。
この知恵の蔵には,人生を豊かにする知恵も収まっていると思う。自分人生を価値ある人生にする為には,美しい心を持って何かに取り組む事。

自殺する人達,自分の事だけに生きようとするから,自殺するのである。死ぬのは自由だが,本当に勿体ない話である。自分の大切さを知りたければ,「他人のお世話」をする事である。どんな小さな事でも良い。近所のゴミ拾いからでも良い。毎朝,家の前に立って登校する小学生に「おはよう」と声をかけるのもいい。そして他人から笑顔で「ありがとう」と言われた時に,自分に浸みる。自分の為に使い切れないだから自殺するのであって,それを他人の為に使えば,生きてくるである。

自分ウツだと言って引き籠もるなら,どうしたら楽しい人生を送れるかを真剣に考えられる程,思いっきりウツになって引き籠もるべきである。引き籠もってインターネットをしてたりゲームをしているのは,本当の引き籠もりではない。人生を開く何かを掴もうとするのが,本当の引き籠もりである。一度引き籠もった人は,必ず成功する。宮本武蔵は,無理矢理引き籠もらせられた。修行僧も,ある時期引き籠もる。引き籠もりとはそう言うものだ。但し中途半端な引き籠もりは,全く役に立たない。母親のお腹の羊水の中でフワフワ浮いている事を求めているのなら,それは引き籠もりでもウツでもなんでもない。ただの甘えである。
本当にウツになった人は,そこから脱出しようと,思いっきり努力する。木の実ナナ氏もそうだ。自分ウツと向き合う事である。そうしてそこから何とか脱して,楽しい人生を送ろうと腹が決まった時,宇宙の「知恵の蔵」の恵みを受けられるのである。
私もそう信じて今までやってきた。

私は今でも,踏切では,線路から1メートル以上離れる。電車のホームでは,先頭には立たない。何故なら,衝動的に死にたくなるからだ。
木の実ナナさんが「私はバリバリにです」と言った。
私の場合は「私は明るいです」とと応える。
ウツとは,そこから逃げないで堂々と向き合う事であり,そしてどう付き合って行くかが大事である。

子育て・家庭・学校 | 14:12:22
全国おやじサミットin大分
昨日と本日,2日に亘り,大分で「第7回 全国おやじサミット」に行って来た。第1回は香川での開催だった。その時は「第1回」とはついていない。ひょっとして今回で終わるかも・・・と言う懸念からだ。ところがどっこい,第7回まで続いてしまった。第8回は姫路で開催,第9回は熊本と決まった。勿論,いつも次回開催地は懇親会で決まる。各おやじの会の立候補による。「来年はうちでやりま〜す!!」と。
まぁ,酒も入っているせいか、全くの「ノリ」である。しかし今は「ノセられている」と言った方が良いかも。
会場から「来年は○○おやじの会で」ってな具合で今回は熊本が最終的には舞台に上がらせられて,みんなに囃子立てられて,最後にヤケクソで「やる!!」と言わざるを得ない状況に持って行かれて,会場で万歳の嵐。我々世話人同士は握手。
しかし結局の所は,背中を押された感じで腹が決まるのである。来年の姫路開催の時には,札幌のおやじの会を上げようと思っている。今までサミットは西日本ばかりだった。そろそろ東日本へ行かないと。

今回は,従来と違って,サミットの内容を戻して8つの分科会に分かれ,おやじ達がしっかりと勉強した。勿論,年に1度の同窓会的要素があって良いのだが,それだけではダメと言う事で,福岡方式で組み立てられた。私も正直,良い勉強になった。自分のところのおやじの会に大いに役立たせる事が出来るものがあった。

思えば第3回を京都で開催した時,第2回目の三重のサミットに行って,懇親会で手を挙げた。どうしても京都でしたかった。サミットの素晴らしさは口では言い表せないので,教育委員会も同行させた。まぁ,立候補するだろうと言う事は予想出来ていたらしいが,出来る事ならやめて欲しいと言うが本音だったらしい。
しかし懇親会での活気に圧倒されて,私が立候補し京都開催が決定した後,全面協力をして貰う事になった。また京都市も大きくバックアップしてくれた。

京都祇園甲部歌舞練場を借り切って,1000名以上のおやじ達を集めた。この集客人数は未だに破られてない。号外印刷用の大きな車を朝日新聞社が横付けして,その場で号外を出してくれた。新聞社,テレビとマスコミ関係も多く来ていた。今回も,テレビは2社来て,新聞社が3社程来ていた。
凄いのは,今までのサミットでは全て知事,市長が出席した事だ。伝統である。今回も大分県知事が来賓で祝辞を述べていた。京都は勿論,当時の市長である。市おやじの会での行事なので知事は呼ばなかった。それに政令都市は,府・市仲が悪しなぁ。。。(口では府市協調って言ってるけれど)

新しく親しくなる仲間もドンドン増えて行くのも1つの魅力である。
来月6日は,福岡おやじサミットである。第10回の記念すべきサミットで,韓国からも参加者があるようだ。4日が仕事で東京なので,6日は勘弁して貰おうと思っている。

京都でもあったが個人参加をする人もいた。京都では市内全般に広報していたので,おやじの会でなくても参加OKとしたからだ。女性OKだったので女性の参加も多かった。今回も女性(奥さん)から見たおやじの会と言う分科会もあったので,女性の参加が多かった。
本当に一度は参加をする事をお勧めしたい。

子育て・家庭・学校 | 16:47:16
全国おやじサミット・イン大分
明日は「全国おやじサミット・イン大分」だ。
三重や富山のおやじメンバーは,今晩,博多に入って,福岡のメンバーと前夜祭をやっているはずだ。私もお誘いがあったけれど,母親を2日間も施設に泊めるのは可哀想なので,明日朝,発つ事にした。
明日は,1年ぶりに全国のおやじ達と会える。
それがとても楽しみである。

サミット終了後の懇親会は,大いに盛り上がる。実際に経験してみないと,この楽しさは解らない。口では表現出来ない。
今は,おやじの会を作って良かったと,ツクヅク思う。全国どこへ行っても知り合いがいるから旅行をしていても楽しい。

さて,さて思う存分楽しんで来よう。

子育て・家庭・学校 | 20:48:29
根本的な改革
融資の返済猶予の法案が通りそうだ。これが通ると,住宅ローンや,中小企業融資返済が猶予される。但し,その判断は銀行に委ねられるとか。と言う事は,結局,銀行が「うん」と言わなければ実行されないのだ。
中小企業に関しては,将来的に「復活」が認められる場合に限ると言っている。その判断は,銀行だ。だから,詰まるところ,有名無実の法案になるかも。

しかしどうして行政とは,こう対処療法しか行わないのだろうか。頭が痛いと言えば頭痛薬,鼻がグスグス言うと言えば鼻炎の薬を処方する。それよりも大事ないのは,病気にならない体作りを支援する事だ。

融資の返済猶予をされたって,いつかは返済しなければならない。以前,住宅ローンの返済で2段階方式があった。家を買った当初は生活も厳しいので返済金額は少なくする。ある時期を越えると返済金額をアップすると言う方法である。これで結構みんな苦労している。まして,この方法でこの時期,返済している人は,家の売却を考えているだろう。ボーナス併用者もそうだ。給料カット,ボーナスカットで,ローンなんて払えない。
ここで暫く返済を金利だけにして猶予して貰ったところで,永遠にそうだとはいかない。その条件が「日本の経済が復活するまで」と言う条件を付けてくれるならまだ良いが・・・。

企業には何千億と言う借金があっても,国は税金を使って救済する。そのくせ数百万の借金でもチャラにして貰えない中小企業は,本当に可哀想だ。その中小企業の社長が払っている税金で,大企業を助けいるのに,自分達は倒産の憂き目に遭う。これって矛盾しているだろう。

だったら,中小企業の借金もチャラにして上げるべきである。そうなれば,殆どの中小企業は復活する。黒字倒産している企業だって沢山あるのだから。日本の97%は中小企業である。いわば,日本の経済は,中小企業で成り立っている。その基幹となるところを助けないで,どうするのだろう。
それに税金を投入したって構わないと思う。一部の大企業を助けるより,その方が良いと思うがなぁ。

まぁ,大企業倒産させると,その下請けの企業まで連鎖倒産するので,国は大企業を支援するのだろうが,この時代,一緒である。大企業が生き返ったところで,下請け企業を切って行くのである。それでは何にもならない。

返済猶予が出来れば,その分,また借り入れをしたくなるのが人間だ。そうやって借金が膨らんでいく。そして倒産,破産と言う憂き目に遭う。

今国としてやらなければならないのは,対処療法ではなく,根本的な治療方法を考えるべきであろう。

子育て・家庭・学校 | 10:12:49
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