投稿日:2009-07-05 Sun
「ガチャポン」と呼ばれる玩具入りのカプセルを誤飲し,重度の脳障害を負ったとして,鹿児島市の男児と両親が製造元のバンダイナムコゲームスに約1億800万円の損害賠償を求めた訴訟を起こしていたらしい。結局,同社が解決金を支払うことで,福岡高裁宮崎支部で和解したとの事。一審鹿児島地裁は昨年5月,同社に約2600万円の支払いを命じたが,双方が控訴していたようだ。 同社は事故後,カプセルの通気孔を広げ,注意を促す表示を増やすなどの再発防止策を講じたと出ていた。和解内容の中で,同社は今後も安全な製品の製造努力を続けるとの事。
訴状では男児で2歳10カ月だった当時の2002年8月,鹿児島市の自宅で,ガチャポン用の直径40ミリのカプセルを誤飲し,脳障害など後遺症を患ったという。 その責任が製造会社にあるというのである。
以前,アメリカでハンバーガーショップのコーヒーが熱かっのでやけどを負ったとして,億の損害賠償が認められた。
また食べ物に限らず,今では,全ての商品の取扱説明にはこれでもかと言う程,細かく書注意書きが書かれているそうだ。
日本でもそうなりつつあるようだ。
さて,また「一部の人」から批判を受ける事を書こうと思う。
先述の裁判の件だが,私ならこんな判は起こさない。親として恥ずかしい。こんな事は親の責任だ。親がしっかりと危険予知して,子供から目を離さなければ起こらなかった事だ。
おもちゃでも何でも,子どもは口にしたがるものある。それを解っていて注意を怠っていた親が悪い。それを「そんなおもちゃを作った会社が悪い」と言うのは,お門違いではないだろうか。そのおもちゃを買う買わないの選択は親にある。もし親がそのおもちゃを見て危険性を察知できたのなら買わなければよいのだ。
それが出来なかったのも親が悪い。
何でもかんでも訴訟訴訟と言う日本になってきたようだ。こう言う事は欧米には見習って欲しくない。日本には古来より,日本人の奥ゆかしい人間性,国民性がある。それが失われつつある事が寂しい気がする。
投稿日:2009-07-04 Sat
3日,西京区のまちづくりの円卓会議があった。私も委員なので行ったが,地域作りについて元学区に分かれグループ討議を行った。その中で,子どもの安心・安全な地域作りに加え,子ども達の子育て,母親の支援についても少し話が出た。東京で,中学3年生の子どもが,ホームレスを襲って重傷を負わしたと言うニュースが出ていた。友達も数人いたようだが,誰も止めなかったらしい。しかし暴行に加わっていなかったからと言う理由で,その子ども達の立件を見送ったそうだ。
なにか違和感を感じる。勿論,一番悪いのは暴行した子どもだろうが,それを止めずに見ていただけの子どもは罪にならないと言うのはどうも納得がいかない。
学校でイジメがあって,誰も止めずに見ていただけと言うのは,見ていただけの子どももイジメをしていると言う事になるのに,少なくとも立件出来なければ,記事になるくらいの強いお灸くらいはすえるべきだろう。
昨日の朝,子どもを車で学校まで送って行った帰りにすれ違った中学生の男の子は,タバコを吸いながら登校していた。思わず車を止めてぶん殴ってやろうかと思ったが,それをやると殴った私が悪くなる。一体のこの子の親は何をしているのだろう。自分の息子ぐらい,殴ってでもしっかりと教育しろと言いたい。
こう言う子どもが,人の痛みが解らないので,ふざけ半分にとんでもない事をやってしまう。
昔は大人は怖かった。今,怖い大人はどこにいるのだろうか。地域でも悪さをしていたら,遠慮なしに怒鳴られたり,時には殴られた。これが地域の子育てだ。
先般,或る年配の女性が話していた事がある。
それはこうだ。
地域内に小さな小川があるところがあり,それに沿ってガードレールがある。そのガードレールを乗り越えて,川の縁を歩いている低学年の男の子がいた。その子の母親は5〜6メートルくらい先を歩いていたらしい。
で,その年配のご婦人,危ないからその子どもを叱ったのだ。その声が前を歩いていた母親にも聞こえたわけだが,礼を言われるどころか文句を言われたらしい。「そんな事,解ってるわ。ちゃんと気ぃ,ついてるし。偉そうに言わんといて!」
まぁ,今風の若いお母さんだったらしいが。
これではアカンわなぁ。親から教育しないと。
「あんた,目が後ろについてるんか!化けもんか!」
このご婦人も負けてはいなかったようだが。
先のタバコの中学生も,大通りを歩いていたのだから何人かの大人とすれ違っているはずである。なのに誰にも注意されなかったのだろうか。今は下手に注意をすると,こちらが正しくても相手に危害を加えると罪になる世の中だ。パトカーに追いかけられた暴走族が事故を起こすと,警察の責任になる時代だ。今の世の中,無法者にとっては住みやすい世の中なのだろうかと,ホントに思ってしまう。
本気になって地域の子ども達を教育しようと思ったら,もっと大人が意識を高めなくてはいけない。今,我が子をしっかりと家庭教育できない親が増えて来ている。そうなれば地域力で子育てをしなければならない。
大人よ,もっと強くなれ。
投稿日:2009-07-03 Fri
最近,婚活は,親もするようだ。親同士の婚活パーティーがあり,そこで我が息子,娘の結婚相手を探すパーティーである。そこまで親が我が子の面倒を見なければならないとは,情けない世の中だ。
私は今日で,56歳になった。今更,「お誕生日おめでとう」もないが,まだ息子は高校2年生。せめて子どもは自分で結婚相手を見つけて欲しいものだ。それまでは,頑張って生きて行かないとと,誕生日毎に思う。
さて,綾部で86歳の母親が58歳の息子を絞殺した。理由は息子の「将来を悲観して」と言う事だ。アルコール依存症で,糖尿病,肝臓病を患っていたらしい。仕事もせず,生活は母親が支えていたようだ。近所の評判も悪くない。
親1人子1人で,女手一つで育ててきた息子を溺愛していたようだが,それなのに・・・余程の事があったのだろう。
親が子ども(または子どもが親)を殺す一番多い理由が「将来に悲観(不安)して」と言う事らしい。
また自殺も同じようなものだ。
こんな社会,どうなのだろう。
年金も受け取れるはずなのに,保険庁のミスで受け取れない人が相変わらず多いとか。
こんな事であれば,誰でも将来に不安が出る。
社会福祉政策はどこへ行ったのだろう。
国は景気回復で高速道路を半額にするとか,エコポイントを付けるとか,色々と政策を打ち出しているが,根本的な,国民1人1人の最低限の生活の保障をしない限り,金がないのに使えない。これでは本末転倒である。
基本的人権に謳われているように,先ずは国民が最低限の文化的な生活を送れるような政策を打つ事が,最優先されるべきではないかと思うのだが。
投稿日:2009-07-02 Thu
誠と言うと新選組かと言われるが,最近,あまり使われなくなったような気がする。テレビで,若者のサギ集団のドキュメントが放映されていた。その内,2人が逮捕され,1人が今日逮捕された。
彼らは,自分達のやっている仕事を正当化している。どこがまともな仕事なのかと言いたくなるが,要は「万引きを見つかっても金を払えば文句は言われない」的な発想でやっている。そこには罪の意識は全く無い。
良い若者が情けない。
小さな経営論 ー人生を経営するヒントー』(藤尾秀昭・著)にこうある。
「人間にとって,扇の要にあたるのが誠というものなんです。扇が要を外したらバラバラになるように,
人間から誠というものを取ってしまったら,いくら徹しても何も意味がない。だから最後は,人間にとって一番大事なのは誠だというんです」
これって非常に重い言葉ではないだろうか。
誠心誠意と言う言葉がある。「誠」と言う字が2つも入っている。新選組の若者達は,誠に命を賭けた。
誠とはうそ偽りのない心。まごころと言う意味である。(大辞林)
人間からこの誠と言う単語を無くしてしまったら,ただの畜生である。サギを行う人間や人を貶める人間は,この言葉が体の中に存在しない。
それで「私は人間です」と言って,どうしてのうのうと生きていけるのだろう。
人間,誰しも多少のウソはつく。しかしそれで「コイツには誠がない」とは言わない。本当に性根の腐った人間が,誠のない人間なのだ。
誠は扇の要に当たると言われている。この要が外れている人間が多くなってきた。本当に寂しい世の中である。
兎に角,真面目な人を騙し,辛い目に遭わす人間は許せない。テレビを見ていて,本当に腹が立った。
投稿日:2009-07-01 Wed
長年,トップアスリートやビジネスマンなどの能力開発指導を行い,メンタルトレーニング指導の第一人者といわれる西田文郎氏が,なる程と言う事を言われている。それが「かも理論」と言う理論である。
「結論から言って,マイナス思考の人は,どんなに『プラス思考本』を読んだところでプラス思考にはならないんですね。だからいつまでもプラス思考になれる本が売れるんです。逆にプラス思考の人がプラス思考本を読むと,ますますプラス思考になる。要するに,マイナス思考もプラス思考も,既に確信になっているんです。」
これって,成る程と思うのではないだろうか。マイナス思考の人が,何とかプラス思考の人間になろうと,本でも読んで努力するのは解るが,所詮,根本がマイナス思考だから,そう言う本を読んでいても「そうだ」と思う事がないのではと思う。
無意識のうちに「そう言うけどねぇ・・・」と思って読んでいるのでは。「これはこの人だから出来たんだ」と思ってしまう。
だからなかなか今の自分の殻が破れないのではと思う。
世の成功者と言われる人は「素直」である。
滋賀県に平和堂と言うスーパーがある。この社長が,まだ商店主だった頃に経営セミナーに参加された。その社長の隣に一緒に座ったAさんがいた。経営セミナーの内容はAさんに言わせると「そんな事は解っているよ」とか「そんな事で商売が上手くいく筈ないやん」と言うような内容だったらしい。
それから数年後,方や地元有力スーパーの社長,方や滋賀県下のサビれた商店街の洋服屋の店主だ。
実は,私がまだサラリーマン時代,この商店街を営業で訪問した時にこのAさんに出会った。勿論,私の進めるシステムを採用して貰った訳だが,フォローで訪問した時の或る日,お茶を飲みながら雑談の中で,しみじみと言われた。
「人の言う事を,どんな事でも素直に聞けばああなり(平和堂の社長),馬鹿にしていた私が今の姿」と自嘲されていた。
この言葉は,私にとっては非常に勉強になった。何事も経験者,成功者の話は真摯に聞くものだと思った。
マイナス思考の人や慢心の人は,それが出来ないのだ。マイナス思考の人は,先ず心を「0(ゼロ)」にまで持って行かないといけない。そこからポジティブな考え方に移行して,プラス思考の本を読むと,これまた少しは違うと思う。
では,その方法だが
「でも,確信に変わる前の『かも』の段階というのがあるんですよ。例えば『無理かも』と思うじゃないですか。それはもう既に脳への問い掛けになっていて,確認して,諦めて,確信になっていく。確信になったものを変えることは非常に困難なんですね。だけど『かも』を変えれば思考も変わってきます。例えば『うちの女房は怖い』と思っていたとしますね(笑)。だけど『いや,うちの奥さんは怖いだけじゃなくて,かわいいところもあるかも?』とか『人かも?』と(笑)。すべての問い掛けに対して脳は応えて,イメージをつくっていきます。だから,マイナス思考の人は『かも』をうまく利用していこうと。これを私は『かも理論』と名づけて,これから一般の人たちに広めていこうと考えています。」
と先述の西田氏は言われているのだ。
これなら出来るのでは。
先ず「かも理論」で思考をニュートラルにする。そこからプラス思考の本を読んだり話を聞くと,結構,マイナス思考が変わるのではないだろうか。
実は,実は,これは私の体験談である。私もマイナス思考に走りやすいタイプなのだ。一旦,マイナス思考に支配されてくると,なかなかプラス思考にはなれない。なれないどころか,ドンドン,気持ちは落ちていく。人間,マイナスに動く事は非常に楽である。それをどこで断ち切るかである。これは自分のちょっとした気持ちの切り替えだけで良い。
と言う事で,仕事が無い,金がない,これからどうして生きて行くの?なんてマイナス思考でいるよりも,それを活かしたプラス思考的発想をして欲しいと思う。派遣村も終わってしまった。これからは本当の意味での「自立」が迫られる。
この言葉を「そんな事を言ったって」と捉えるか「そうだ」と捉えるかは,読む人次第である。人間,乗り越えられない苦難は来ない。
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