投稿日:2007-04-30 Mon
今日は,朝から良い天気だった。じっと立っているだけで汗が出てくる。家にいると,樫中のグラウンドからの声援が,春の緑の風に乗って窓から入ってくる。その声に誘われて中学校へ応援に行った。
今日は,第49回京都市中学校春期総合体育大会ソフトボールの部の試合が,樫中のグラウンドで行われていた。
その決勝戦である。
対戦相手は嵯峨中学校。
結果,2対1で,樫原中学校女子ソフトボール部が優勝した。
いくつもヒヤヒヤする場面があったが,なんとか勝利した。
今度は全国制覇を目指して,頑張って貰いたいものだ。
とかく樫中は評判が悪い。
その評判を上げるのも,下げるのも,生徒達である。私達保護者は,それをサポートするだけである。
今年,樫中の吹奏楽部に優秀な顧問が来た。今年は文化面で樫中を前面に出して行こうと言う考えが校長にある。吹奏楽部も,まだそんなに日にちが経ってないのに,変わってきたようだ。レベルが上がってくると,当然,人前で演奏したくなる。
で,早速,その演奏場所を「営業」してきた。桂坂の野鳥公園の近くに会館があり,そこで6月に感謝祭がある。その感謝祭で演奏させて貰う交渉だ。
プログラムも出来,入れる余地は全くなかった。しかし事情を熱く語った。最終的に「では,演奏すると言う方向で検討してみます」と言ってくれた。でも無理を言ったために,楽器の輸送費が出ない。「来て下さい」と言われれば「せめて楽器の運送代はお願いします」と言えるが,今回はねぇ・・・。
まぁ,ドンドン,樫中の名前が外へ出れば,悪いイメージもなくなるだろうし,今年は吹奏楽部の陰の営業マンとして頑張ろうと思う。で,学校が演奏会場を探してきたと言えば,子ども達や顧問も気を使わずに済むだろう。
それとバレーボールも初戦突破。実力レベルから言えば当然なんだが,今日の出来はあまり良くなかったような。。。
なるほど,顧問のI先生,不機嫌だった。しかし解り易い先生だ。好感が持てる。真剣に怒っている本人には悪いが,おかしくて仕方なかった。
今年は,樫中に少しでも明るい話題が出来るのなら,私は「陰」でドンドン動こうと思っている。
投稿日:2007-04-28 Sat
「ネットカフェ難民」とは,良く言ったものだ。私が彼らくらいの年代の時は,夜遅くまで飲んで最終電車に間に合わなければ,サウナに泊まった。大阪から京都までタクシーで帰ってくるくらいなら,その方が安い。その時代にネカフェがあれば,私も利用したに違いない。が,事はそれとは違う。
一時の軒先を借りるのとは訳が違う。
「仕事が不安定でアパートが借りられない」とか「アパートを借りるだけのお金がない」など,事態は深刻である。
このネカフェのシステムがどうなっているのか解らないが,私が大学生の頃には,まだ24時間営業のこう言った店はなく,精々大手喫茶店チェーンくらいだったかなぁ。(いや学生時代にはまだ無かったかも知れない)しかしそう言う店でも寝ていたら起こされて放り出された。
終電に乗り遅れて,始発電車が出るまで喫茶店で話をしていたこともあるが,コーヒー1杯で,こんなに長く粘られたら,店としても困るだろう。ネカフェはOKなのだろうか。
さて,大手企業のお偉いさんや行政のシェンシェイ方がフリーター問題やニート問題を,テレビや教育関係の討論会で尤もらしく議論されている。
「どうしたらフリーターをなくせるか,ニートをなくせるか」である。しかしニートは論外として,フリーターを作ったのは「民間企業」なのである。
勿論,折角就職した会社を「自分の思いと違う」とか「自分の好きなことをさせて貰えない」とかで直ぐに辞める若者も悪いに違いない。どちらかというと,それが一番だろう。「フリーターをして,自分に合った仕事を探す」なんて夢みたいな事を言っている若者達が世の中に溢れていた。今では,アンケート調査によると「一生,勤めている企業で働きたい」と言う終身雇用制を地でいく回答をしている若者が50%を超えている。この意識の違いは何だろう。
「フリーター」と言う横文字の名前を付けて貰って,それが一つの職種のように,人に聞かれたら堂々と言う。この言葉,私の若いときは「プー太郎」と言った。恥ずかしくて人に言えない。マスコミの力とは凄いものだ。このネーミング,誰が考え出したか知らないが大したもんである。
いわば,そう言う人達は,今就職先が無いというのは,自業自得だ。「アリとキリギリス」のキリギリスだ。
しかし「だから行政は,そう言う人達を放っておけばよい」と言う論理には繋がらない。恐らく,今のフリーターの中にも,仕事の出来る人間はいるはずである。正社員より出来る人間がいるはずである。そう言うフリーターをドンドン,採用していくべきである。
テレビ番組で「どうしたらフリーターをなくせるか」なんて議論をしているヒマが有れば,自分の会社で雇っているフリーター,派遣社員等を正社員として雇用すれば済むことである。
人件費削減のために,フリーターを使っているくせに,それをやめれば良いのである。
またボンクラ正社員はドンドンやめさせて,仕事の出来るフリーターを代わりに採用すればいいのである。そうすれば正社員も真剣に仕事をするようになるだろう。
正社員は,夫婦で言えば「妻の座」である。それに安住してボーッとしていれば,不倫もされるし浮気もされる。(例えが悪いかなぁ・・・。ご婦人方からクレームが来そう。先に謝っておこう。スイマセン)
正社員と同じ仕事をして,正社員との給料の差が倍以上も違うなんていうことはおかしい。逆に企業側から見れば,そう言う人材だから人件費がかからないし,フリーターや派遣社員を雇用すると言うだろう。
本当にそう言うことで良いのだろうか?
仕事に見合った,しっかりと安定した収入を得てこそ,家も持ち,家族も持ち,子どもも持つことが出来る。このまま「難民」が増えれば,結婚できない若者が多くなり,日本の将来は,益々少子化が進み大変なことになるだろう。
本当に仕事が出来るフリーターに対しては,企業は,その実力を認め社会的責任の名の下に,そう言う若者を雇用すべきである。
投稿日:2007-04-28 Sat
この4月25日でJR福知山線の脱線事故から2年が経った。その日に,列車に置き石をした人間が数人いた。また,阪神の赤星が善意で寄付した車椅子をヤフーオークションに出品した人がいた。こう言う人間は一体,どういう教育を受けてきたのだろうと不思議で仕方がない。どういう教育をしたら,こう言う荒んだ心の持ち主になるのだろうか?テレビ番組で,良く人捜しの公開捜査番組をやっているが,イタズラ電話が耐えないようだし,私の知っている女性は,同窓会の案内で「リビング」新聞に「連絡はこちらまで」と出したら,イタズラ電話や変態電話が続いて,電話番号を変更したという話も聞いた。
その最たるものは,ネット掲示板などの批判・中傷の書き込みだろう。顔が見えないから書く小心者だろうが,陰口と一緒である。今,携帯サイトの裏掲示板と言うのがあるそうだ。それも簡単に作れるようで,この中で特定の学校の特定の子どもの氏名を書いて,みんなに「イジメ」を勧めている。「長いものには巻かれろ」主義の今の子ども達は,保身のために同調してしまう。
私が子どもの時は陰口は恥ずべき行為だった。特に男なら堂々と正面切って話をし,それが元で殴り合いの喧嘩をすることもあった。でもその場で勝負が付いたら,それでこの件は「終わり」なのである。遊ぶときは,また一緒に遊ぶ。
また今みたいに少人数制のクラスじゃ無かったから,クラスの中で友達を作る確率は高かった。一クラス50人もいれば,色んな子ども達がいる。それに人数が多いから,一人の子どもだけに構っていられない。と言うことは,おとなしい子(影の薄い子)はイジメもされなければ,特別無視されると言うこともない。またクラスの中でも,今と違って幾つもグループが出来ている。私みたいに複数のグループにまたがって所属(?)している子どももいた。これは高校卒業するまで,ずっとこんな環境だった。
しかしヤンチャをする子どもはいたが,人の心を踏みにじるような事をするヤンチャは,少なくとも私の周りにはいなかった。それが今の世の中,平気で人の心,善意を踏みにじる人間が多くいる。いや少ないのかもしれないが,そう言う人間が目立っているだけかも知れない。(と思いたい)
考えてみれば無理もないだろう。子ども達に生き物を愛する気持が育まれていないからである。私が小学生の時は自然があった。身近に鳥がいた,虫がいた,魚がいた。それを捕ってきて,育てることをした。オタマジャクシを取ってきて,或る日カエルのなって逃げていったときの悲しさ,青虫を捕ってきて蝶になったときの嬉しさ,そう言う気持を今の子ども達が受ける環境が無くなった。
また良く猫を拾ってきたりして親に叱られたが,それも可愛いと思う気持ちと,育てて良くなついてくれる喜びとが,子どもの心を育んだのでは無いかと思う。
この時期,近所にも畑が多くあった頃は,キャベツや菜の花の上を蝶が飛んでいたものだ。しかしその畑や田圃も今は無く,住宅地として家が建っている。蛙の鳴き声がうるさくて眠れなかったと言う時代が懐かしい。今は,市内に行けば蚊すらいないところがある。
親がそう言う環境で育ってないから,生き物の大切さ命の大切さを,子どもには教えられず,その子どもが大人になっても,それが出来ないと言う悪循環・・・。
「徳育」は家庭での仕事である。親の仕事である。我が子を心豊かな子どもに育てたいのなら,先ず親が心豊かにならないといけない。そうすれば親が何も言わずとも,子どもは心豊かに育つのである。人の心の痛みや悲しみが解る人間に育てない限り,今回のような心の貧しい人間になってしまう。
今回の二つの出来事は,本当に情けない出来事だった。こう言う人間にならないように,せめて我が子だけは心豊かな子どもに育てたいと思う。勉強は出来たに越したことはないが,やはり私は「徳育」有っての「知育」だと思っている。
投稿日:2007-04-27 Fri
過日,全国の小学6年生と中学3年生対象の学力テストが行われた。色々と物議をかもしだしたテストであったが,無事終わったようだ。愛知県の犬山市では,全市学力テストは行わないと言う方針だったので,実施していない。京都市と京田辺市でも,何人かの保護者がこのテストに反対をしていた。
プライバシーを侵害される恐れがあるとか,個人情報保護法に反するとか・・・。言えば切りがない。
個人情報保護法なんてあっても,そこら中で漏れまくっている。意味がない。それを盾にしてテストを拒む。
昔なんざぁ,学校や教室にテストの結果を名前入りで貼り出されたもんだ。
こんなテストで学校評価されるのもイヤだろうが,平均点の悪い学校はそれが現実なんだから,そこは開き直って「それがどうした」でいいと思うけれど。悪けりゃぁ,上がるのみだ。これほど気楽なことはない。
仮に保護者が「どうしてこんな学力レベルの低い学校にしたんですか?」と怒鳴り込んできても,「あんたの子どももその一人やで」と返事すればいいのでは?
また教育再生会議では,そう言う学校には良い教師を投入してくれるとか。しかしパイは決まっているので,そんな優秀な教師が回って来るとも思われないけど。
兎に角,何事もポジティブに考えないといけないのでは? うちの子には受験の気分を味わってこいと言った。名前はしっかりと書いてこいと言って送り出した。
名前を書いて,それが漏れたところで,誰が得するのか?・・・である。家庭環境が解ったって,一応,お天道様の下を歩ける生活をしているので特に何とも思わない。
どうしてここまでアレルギーになるのだろう?名前を書かないで提出した生徒もいたとか。本人達,どこまで解ってそうしているのだろう?親の洗脳しかないと思うが・・・。
学校で思想教育をするなとい言うクセに,親が我が子に狭い範囲での思想教育をしている。
こう言う親達と刺しで話がしたいもんだ。勿論,説得する気は更々ない。相手を凹ますだけの議論だ。昔,学生運動していたときの話法だ。そこには理論も理屈もない。しかし話せば解る相手には儀を尽くして話はするが・・・。
まぁ,世の中,色々な人がいるし,誰でも,何でも言いたいことが言える時代になった。でもそのお陰で,私も言いたい事を書いているが。
兎に角,マクロ的視野で,物事を見られるような目を持つことだ。この世の中,つつこうと思えば,どこでもつつけるし,叩けば埃が山ほど出る時代である。そう言う中で生きている以上,自分の生活や生死に関わる問題以外なら「仕方がないなぁ,じゃぁ,前向きに考えるか」で良いのでは?
しかしこのテスト,やったからには最後まで,保護者として見届ける必要はある。これはしなければならない。やる前ではなく,やったあとが大事なのである。
それでおかしければ文句を言えばいい。やる前にワーワー言うのは愚の骨頂。但し先ほども書いたように「自分の生活,生死に関わる問題」以外に限るが・・・。
投稿日:2007-04-27 Fri
東京の渋谷センター街に,怖いオッチャン達がいるそうだ。このオヤジ達のグループは,このセンター街の商店主が中心で地元の人達で構成され,全て50歳以上である。何をするのかというと,このセンター街で夜遅くまでタムロしている子ども達を叱ったり,マナーの悪い若者達に注意をしたりしている。時には過激になるそうだが,そんなのはOK,OKである。
正におやじの会の活動を地で行っている。勿論,この人達はそんな事は意識していないだろうが・・・。
夜,徘徊している子ども達や,深夜まで騒いでいる若者達を「叱る」オヤジの集団である。地域のオヤジとして叱るのである。夜の世界にいる若者達と仲良くなって理解してやり,諄々と諭すという方法もあるだろう。
しかし私が小学校の頃は「コラー! こんな遅くまでなにしとるんじゃ! はよ帰れ!」とか「どこの子じゃ! そんな悪い事してるんは!」と先ずは,怒鳴られたものである。だから「大人は怖いもの」と言う思いがあった。だから注意されると言う事を聞く。恐怖を与え力等で子ども達を押さえつけるのは良くないと言うが,子どもの時は必要である。そうなったところで,子ども達がトラウマになったと言うことは聞いたことがない。
だから今の子ども達は,大人の言う事を聞かない。大人が怒鳴って真剣に叱らないから,子ども達は自分達がやっている事が本当に悪い事だと気が付かないのである。悪い事をしていても叱り方が弱ければ「こんなんで済むんや」となって,また同じ事を繰り返す。万引きがその良い例である。立派な窃盗罪で有るにも関わらず,見つかったら金を払えば良いと言う意識しかない。これは大人もそう言う感覚でいる。
窃盗犯にとって,こんなリスクのない都合の良い賭けなんて有るはずがない。
この渋谷センター街では,オヤジ達が地域の治安維持に一役買っているのである。2003年からだそうだ。若者達は,きっとこのオヤジ達を見ると「あ,うるさいオヤジ達が来た」と言って隠れるかも知れない。それでも良いのである。「自分達がやっている事は間違っている」「他人に迷惑をかけている」と言う事を認識させれば良いのである。こうやって至る所の地域住民が子ども達を叱るようになり,彼らの夜の世界での居場所を無くせば,家に帰るしかないのである。
24時間営業のゲームセンターやコンビニは要らない。子ども達を夜の世界から追放しなければならない。本当に日本の将来を考えているのなら,今の大人が何をしなければならないのか,必然的に見えてくるはずである。
その行動規範は「子どもを共に育む京都市民憲章」ではないだろうか。
投稿日:2007-04-26 Thu
昨日の4月25日,JR福知山線の脱線事故から2年が経った。遺族の人達は,今でも時間が止まっているとのこと。最愛の人を失った悲しみは,そう簡単には消えない。私とて,もし我が子が突然に亡くなったらどうなっているだろうと,つい遺族の方達に感情移入してしまい涙がこぼれる。我が子は中3になっても普段からうるさいくらい話をしてくる子である。「みさきの家」や「花脊山の家」に行って帰って来ない時はとても静かであるが,何故かそう言う時は,私にとっての我が子の存在価値を改めて感じてしまう。
今回の事故もJR西日本の会社が悪い,と言ってしまえばそれまでだし,運転手一人に罪を被せる事も可哀想だ。その運転手の親にとっては,やはり息子は息子である。ひょっとして遺族の中で,一番辛いのではないだろうか。息子が他人の命を奪ったと言う事に対して申し訳ないと言う親としての気持ち,そして我が子まで失った悲しみは計り知れないかも知れない。この親には何の罪もないのである。
何回も再教育を受けていたこの運転手,会社も大きな決断を持って非情と思えても,運転業務から外すべきであっただろう。管理職がその見極めが出来なかったという事が,そもそもの原因ではないだろうか。
ATS装置が付いていなかったとか,スピードを出しすぎたとか言う以前の問題である。
管理職の人間は部下(社員)の適性を見抜く確かな目を持つ勉強をすべきである。一般社員の社員教育も必要だが,もっと大事な教育は「管理職の見る目を養う管理職教育」である。
この運転手の教育係か上司か知らないが,社員の適性を判断できる確かな目を持っていたなら,この事故は起こっていなかったであろう。
それが残念でならない。基本は「人」である。
私が高校1年くらいまでは,京都駅から山陰線・宮津線(現北タンゴ鉄道)経由で天橋立を通って城崎までSLが走っていた。夏休みにはそのSLに乗って両親の故郷に帰省していた。この山陰線・宮津線と言うのは単線であった。なので良く遅れる。30分遅れは当たり前。でも誰も文句は言わなかった。そう言う時代が懐かしい。
新幹線も「今までより5分速く東京に着きます」とスピード優先主義で進んであるが,東京まで日帰りが出来る所要時間で有れば,これ以上はスピードを速める必要はないと思う。個人的には,出来れば3時間かかってくれた方が良い。ゆっくりと車内で寝られるので。
列車のスピードと同じ速さで,「管理者教育」と「安全」も付いて行って欲しいものである。
投稿日:2007-04-25 Wed
殺伐とした事件が続く。相変わらず後を絶たない,銃社会の米国での銃乱射事件。将来有る若者が多数亡くなった。我が国では性犯罪者が無期懲役を喰らった。こう言う性犯罪者は絶対に更生しないから,一生,塀の中か病院から出さない方が良い。また15歳から21歳の男女が,ツーショットダイヤルを利用して,たった1万円を奪うために人の命を奪っている。まぁ,亡くなった人には申し訳ないが,54歳にもなって,こう言う事で女性と遊ぼうと考える方も考える方だが・・・。無知と言えば余りにも無知すぎる。しかしこう言う事件が表には出ないが沢山あるようだ。
昔の美人局(つつもたせ)なんだろうが,それをこんな若年層の子ども達が考えるところが恐ろしいし,引っかかる人も多いというのも情けない話である。
そう言う殺伐とした事件の中で,2週間前に株分けして貰った葵を庭に地植したが,それがしっかりと根付いた。その成長と生命力には驚く。葉も大きくなり朝日に輝いて光っている。この葵の特徴は,葉が出ると直ぐに花が付くことだ。決してお世辞にも綺麗とは言えないが,その白さには楚々としたものを感じる。一年後には,上賀茂神社の葵の森に植替えをする予定だ。
また,その時に,菜の花の種も蒔いた。本当に「蒔く」と言う感じで,袋に入った種を,土の上に無造作にパラパラと蒔いた。
ところが,それが芽を出したのである。もうとっくに発芽時期は過ぎているのに,芽が肩を寄せ合うようにして沢山出てきたのである。なんだか嬉しい気持になる。
それを見ながら,私も花を愛でる年になったのだなぁ,と変に感慨深く思った。
そう言えば今まで,花鳥風月に目が行った事が無かったように思う。旅行をして自然に触れ合い,一時のホッとする時間はあったが,まさかそれが自分の庭にあるとは思わなかった。
ウグイスの声も聞こえる。しかし鳥のさえずりは,今に始まったことではない。その鳴き声に気が付かなかっただけである。
まだサラリーマンの成り立てで,大阪の肥後橋にある本社ビルの中にある研修所にいた頃,夕方,その大きな窓からビルとビルの間に落ちる大きな夕日を見たことがあった。売り上げの月末処理も終わりホッとした瞬間だった。思わず見入って「綺麗だなぁ」と言ったら,当時の研修所の所長が「毎日,夕日はこんなんや。そやけど仕事に追われて気持の余裕がなかったから,これに気が付かなかっただけやな」と言われた。
毎日,あくせく走り回るのも良いが,たまには走る速度を遅くして周りを見るのも良いかも・・・。新しい発見があるかも知れない。
「歩く」とは,「少し止まる」と書く。たまには少し立ち止まってゆっくりと歩むのも良いかも知れない。
投稿日:2007-04-24 Tue
今朝,来月にある地域ケア会議(民生・児童委員協議会・社会福祉協議会・老人福祉等で構成する会議)の事前打ち合わせを行った。内容を詰めて行く内に,防災対策の話になった。阪神淡路大震災の時は,淡路島の北淡町では,その日の午後3時には全ての地域住民の安否確認が出来たらしい。今回の能登の地震でも住民の約6割がお年寄りと言うにも関わらず,短時間で安否確認が出来たらしい。正に,こう言う災害時に効力を発揮するのが「地域力」である事が実証された。
学識者の中には,能登の次は京都だと言っている学者もおられるらしい。この30年の間に動く活断層が幾つも京都にはある。八瀬方面の花折れ断層は,何時動いてもおかしくない状況らしい。私の地域にも樫原断層があるが,あの阪神淡路大震災の時に動いている。その断層上にあった住宅は軒並み大被害を受け,約300〜400メートル離れた我が家は大丈夫だった。
兵庫県で起こった地震でも,我が地域の活断層が動いたのである。これが京都で起こったとなったら,とんでもない被害が出るだろう。
しかし,この災害に対してあまりにも人々は関心が無さ過ぎる。特にお年寄り。民協では,災害時は一人も漏らさずお年寄りを助けようと言うようなお触れが出ているようだ。社協でも一緒である。
だからどうしても高齢者名簿とマップが必要なのであるが,個人情報保護法という愚にも付かない法律のために,それが作れない。この法律が出来ても相変わらずDMは来るし,セールスの電話は来るし一向に意味をなしていない。逆に弊害ばかりだ。私の個人情報もどこへ漏れているか解ったもんじゃない。
私としては,高齢者が,どの部屋の,どの位置で寝ているかまで情報が欲しいくらいである。それもこれも「人命救助」の為である。希望者だけ作ればいいと言うが,それでは意味をなさない。
そう言う名簿や情報がないために,自分の住んでいる隣に高齢者がいることすら気が付いていない人もいる。実際,我々が把握できるのは,高齢者で介護を受けなくてはいけない人は把握できるが,高齢者で独居老人でも,割と自分で動ける人は,情報として上がってこない。なので何かあった場合,そう言う人は助けにいけない。さりとて,自分で倒壊した家屋から抜け出すような体力までは無いと思う。
把握をして欲しくないお年寄りは「放っておいてくれ。人間,死ぬときは死ぬんじゃ」と言う。しかし自分が,今生きるか死ぬかの瀬戸際になったときに,やはり「助かりたい」と思うのが生き物のの本能である。その為にも,家の中に閉じこもってばかりいないで,たまには表を散歩して「私はココにいます」と言うことをアピールすべきなのである。
今の地域の防災訓練は,決められた時間に元気な人が学校に集まって,話を聞いて,バケツリレーしてパンを貰って帰るだけである。これでは意味をなさない。実際にお年寄りの家に行って車椅子なり担架なりに乗せて学校へ来る。また避難経路を確認して非難するなど,実践に即した防災訓練が必要だ。
「避難者の点呼は誰が取る?」「炊き出しは,どの団体がする?」等,そう言う役割分担を,今からではもう遅いが,至急にやるべきであろう。そして「誰も死なせてはならない」と言う覚悟も必要である。
我が地域は,人口流入が激しくなってきた。山を切り開き,田圃を埋め立て住宅が建ち並んできた。小さな子ども達も沢山いる。しかし肝心の地域の繋がりがない。自ら関わり合いを持ちたくないと拒否されている。越してきた人に勧めても自治会に入らない人が多い。
そう言う人達にいたのは,「我が身を守るのは自分ではなく,地域の人なんだ」と言う事を早く理解して欲しい。我が子が倒壊した家の中で,一人で助けようと思っても,助けられないのである。それには地域の人の助けが必要なのだ。
「地域力」に勝る力はない。もっともっと,今だからこそ,地域の人達の繋がりを作って行かなければならないときであろうと思う。
防災対策は,道具ではなく「人」なのである。
投稿日:2007-04-23 Mon
列車内で,AV顔負けレイプ事件が起こったようだ。新聞記事には,乗客が40人ほどもいたのに,誰も見て見ぬ振りをしていたようなニュアンスで書かれていた。気がついた人間もいたようだが,それでアクションを起こさなかったと言うことは論外だ。しかしこの人間以外の人達は,本当に気がついていたんだろうか?もし私なら,この車輌の真ん中の客席より後ろなら,きっと気がついていないと思う。何故なら列車に乗ると直ぐに寝る体制に入るから。それに二人がけの前向きの椅子では,逆に気が付きにくい。これが阪急や京阪などの長椅子形式になっている座席なら直ぐに気が付くだろうけど。
昔,夜,駅からの帰り道で若い男女が争っている気配があった。「こりゃ,暴漢魔か!」と思って急いで間に入って男性を羽交い締めにしたら痴話喧嘩だった。これ以来,女性が声を出して助けを求めてくれない限り,手を出せなくなってしまった。
今回も痴話喧嘩と見た人もいるだろうが,幾ら難でも痴話喧嘩で二人でトイレにはいるわけないだろう。これに気がついた人間は,どうしてアクションを起こさなかったのだろう?それが不思議だ。自分の腕力に自信がなかったら車掌を呼べばいいのである。それが情けない。この人間だけは卑怯者呼ばわりされても仕方がないだろう。
「困った人を見たら助ける」「何かあったらアクションを起こす」と言う,いわば「徳育」が小さいときになされていないから,こうなってしまうのだろう。
この春休み,バスに乗った。小学校を卒業したてらしい女の子が5人,優先座席に座っていた。その前には年輩のご婦人やお年寄りが立っている。私が近所から利用するバスには,結構お年寄りが多い。大きなショッピングセンターの前で,みんな降りたが誰一人席を譲ろうとしない。で,見かねて声をかけたが,一人だけ立った。でもお年寄りは遠慮して座らない。
あれは困る。親切の押し売りではないが,やはりこう言うときは素直に「ありがとう」と言って座って貰いたい。でないと,この子達,この先,絶対に席を譲らなくなる。「どうぞ」と言って座ってくれなかったら恥ずかしいものである。
結局,座って貰ったが,こう言う「当たり前の事が当たり前」に出来ない時代である。
昔,広島で暴力団抗争があった。その報道を或る新聞社がシツコク記事にしていた。記者も狙われ会社も狙われた。しかし負けなかった。最終的には市民が立ち上がり,暴力団に立ち向かったのである。因縁を付けられている人を見ると,周りの知らない人達が寄ってきて助けるのである。勿論,暴力団員も市民から袋叩きに遭うが,それはやり過ぎかとも思ったが・・・。私の小学生の頃の話である。
或るプロボクサーが言っていたが「対戦前はとても怖い。相手が自分よりも強いと思ってしまう」と言っていた。(亀田兄弟は違うだろうが)それと一緒で,悪い事をするヤツは,どこか恐怖心を持ってやっているのである。だからみんなで取り囲んで一喝すれば終わりなのである。それに気が付いて欲しい。
子ども達のイジメでもそうである。注意する人間がイジメている人間よりも多くなれば,誰もイジメられないのである。それを子ども達に教えたい。少なくとも私が小学生の時はそうだった。結局,いじめっ子が孤立する。で,イジメをしなくなり,みんなも受け入れると言う,ちょっとクサイ学園ドラマそのものを地でいくような時代であった。
何事もタイミングである。座席を譲るのも,声をかけるのもタイミングである。それを逸したときに行動できるかどうかが鍵である。それと女性の人は,出来れば声を出して欲しい。なかなか難しいだろうが,何かサインを送ってくれれば,誰かは助けてくれると思う。世の中,まだまだ捨てたものではないと,私は思っている。
投稿日:2007-04-21 Sat
今日は,京都は「憲法月間」と言うことで人権パレードを行った。市役所を出発して円山公園まで約1時間のパレード。
外国人観光客が珍しそうに写真を撮っていた。
そのパレードに参加するために,桂駅に向かった。桂駅では足長基金の募金活動をやっていた。そう言う週間だと言う事で知っていたので,予め募金をしようと思っていた。
案の定,桂駅の歩道橋の上で,高校生が募金活動をやっていた。色々な事情で両親を亡くした子ども達の奨学資金になる。色々な募金があるが,私が唯一する募金である。
しかし今回は,募金をしたあと,歩きながらふと思った。
今,景気が上向いてきたとは言え,一般庶民には全く感じられない経済状況である。両親が揃っていても,また片親の場合もあるが,そう言う家庭環境で,なかなか子どもを進学させるには経済的に厳しい家庭も多くあると思う。
そう言う子ども達への温かい手は差し伸べられないのだろうか?
母子家庭は,何かと優遇されている。医療費も母親共々無料だし,生活保護も受けられる。
しかし父子家庭はどうだろうか?
自分がそうだから言うのではないが,全く何もない。
でも父子家庭の中には,本当に苦労している父親もいる。ましてリストラにでも遭っていたら,それこそ大変である。
なのに母子家庭ほどの優遇措置はない。
男女平等だ,雇用機会均等法だと言われながら,女性は結構保護されていても,男性には相変わらず厳しい状況である。
この足長基金というのは,そう言う厳しい経済状況の家庭にも,適応されるのだろうか?
母子家庭では,もっと大変だろう。家族を支えるために,進学したくとも働かざるを得ない子ども達もいるはずである。
昔と違って,経済状況が変わり,家族の在り方も変わってきた現在,学資ローンも組めない家庭もある。そう言う子ども達にも,進学のチャンスを与えて欲しい。
私は足長基金がどういう仕組みになっているのか解らないし,ひょっとしたら先述のような家庭の子どもにも奨学金を与えて貰っているのかも知れない。
しかし昔は奨学金を貰う生徒は「勉強が出来る生徒」と相場が決まっていた。
子どもの夢を育ててあげたいと思う。
ロト6や宝くじで高額当選をしている人がいる。全部とは言わないが,その一部でもこう言う子ども達のために寄付をして欲しいと思う。私ですら千円や1万円が当たった場合は,寄付をしている。私にとって1万円は大きな金額だが,さりとて無くても体制に影響はない金額である。ましてあぶく銭である。
まぁ,こう言う考えをする人間は,何年経っても金がたまらない人間なのだろうけど・・・。
飲み行って消える金よりも,こうやって有意義に使う方が,自己満足ではあるが,価値のある使い方だと思っている。
さて,我が愚息も来年は受験である。勉強は全くしない。そんな我が子,私学へ行くハメになったらとてつもない金が要る。全く厳しい世の中である。
投稿日:2007-04-20 Fri
毎年,この時期,どこの単Pでも頭を悩ますのがPTA会員の各委員会の役員選出である。本部役員もなかなか決まらないところもあるが,決まるとなると案外すんなりと決まる。
ところが各委員会の長・副選出となるとなかなか,なり手がない。
委員の経験者は免除されたりするが,問題は今まで委員をやったことのない人達の役員選出である。
当然,委員経験者でなくても役員免除の特例はあるが,その免除になりたいがための理由が凄い。
勿論,その中には本当の理由もある。しかしその見極めが難しい。
我々にとっては「それくらいなら受けて下さいよ」と言う内容でも,本人にとっては厳しい事かも知れないから。
最近は身体的理由や身内の介護など以外は,免除申請を受け付けないようにしている。そうでないと,人が足らなくなって役員の引き受け手がない。
免除申請に共働きというのは理由にならない。今の時代,経済的にも大変だろうから共働きは当たり前のようになってきた。また子どもに手が掛からなくなって来た中学校から働きに出ると言うお母さんも出てくる。
しかし働いているお母さんでも立派に「子ども達のため」と思い,役員を引き受けてくれるお母さんもいる。仕事でダメというなら,私なんざぁ,PTA会長なんてやってられない。一家のメインの稼ぎ手である。
大体「PTAはしんどいもの」と言う間違った観念が保護者にある。確かに本部役員は大変だ。でも他の委員会の役員は月1回の実行委員会に出るだけである。あとは自分たちの都合の良い時間帯で打ち合わせを行い,何か委員会で事業をするときは,その前に打ち合わせを持って貰えれば良いのである。全て委員会任せである。
その1回がしんどいと言われれば,他にも委員会には委員の人達がいるのだから,協力しあって運営していけば良いのである。
小学校なら6年間でたった1回,中学校でも3年間でたった1回である。なんとかその1年だけ,頑張って欲しいものである。実際に,それで頑張っておられるお母さんが沢山いるのだから。
地域でもそうである。役が回ってきたら,自治会(町内会)を抜けると言う人がいる。地域の中で暮らして,誰にも世話にならずに生活していると思っていたら大間違いである。知らない内に沢山地域にお世話になっているのである。だからたった1年間だけのことである。その間だけ,人のためにボランティアしてもバチは当たらないだろう。
実は,今日午後7時から,当中学校で各委員会の役員選出会があるのである。お陰様で,我々の主旨を理解してくれて,各委員会の長・副に立候補して下さるお母さん方が,結構いてくれた。本当に有り難い。
そう言う意味では,我が中学校の保護者は意識レベルが高いと有り難く思う。しかしそう言う反面,全く受け付けてくれない人もいる。この差は,言った何なのだろうと考えてしまう。
まぁ,私のように「子ども達のためだから」と言われたらNOが言えないお人好しもいるが・・・。
しかしそのお陰で,自分の世界は広がったし,素晴らしい人との出会いも出来たし,しんどい見返りは,お金で代えないものを沢山戴いた。
会長職の素晴らしさを,一人でも多くの人に味合わせて上げたいのに理解して貰えないのが残念である。
投稿日:2007-04-19 Thu
昨日,中学校の立番をしてのエピソードだが,どんなに遅刻をしてくる子どもでも,自分に輪番で回ってきた生活委員をする時は,しっかりと時間内に来て正門にたって遅刻者のチェックをしているのである。見た目ヤンチャ坊主であるし,ヤンチャいる子どもなんだがやる時はやる・・・のかな。思わず目を細めて微笑んでしまった。なんだかんだと我が中学校は荒れているとは言えども,まだまだ捨てたものでは無いと思った。
中庭で或る男子生徒が,もう一人の男子生徒を蹴っていた。それを見た本部のお母さんが「何で蹴るの?どうして?」と蹴った生徒に詰め寄っていった。しかしその男の子は反抗もせずバツ悪そうに去っていったらしい。これが教師なら反抗しているだろう。
私が小学生の頃は,大人は誰でも怖かった。今は大人が叱らないから子どもは怖くないし言う事も聞かないのである。それは見て見ぬ振りをする大人が増えたからである。みんなで叱ればいいのである。電車の中で騒いでいる中学生や高校生を見たら,周りのおとなが最低二人だけでも良いから叱れば良いのである。そうすれば彼らは気がついて言う事を聞くのである。誰も注意しないから彼らは自分達がやっている事に気がつかないのである。そうして常に大人が子ども達に目を光らせていると言う環境を作れば,子ども達は悪いことはしなくなる。
大人が弱くなりすぎたのである。
私なんかやりすぎて友人から「いつかは刺されるでぇ」と言われているがお陰さんで,まだそう言う怖い目にあったことはない。
で,少年法改正が可決された。少年院送致が14歳以上が12歳からでもOKにしようと言うものである。全くバカげている。罪を犯した人間に対し,罰則を強化すれば犯罪が無くなると思っているところがおかしい。犯罪を未然に防ぐ方法を考える方が先であろう。
では,どうするか?
犯罪者は年齢に関係なく,全て実名と顔を公表するのである。上着や毛布で顔なんて隠さず「こいつが犯人ですわ」とカメラの前で堂々と顔と名前を出せばよいのである。(例え万引きでもそうするのである)
また刑務所へ行こうが入院して治療を受けようが,絶対に治らない性犯罪者には,どこへ行っても解るように全国に顔写真を配布し,発信器でも付ければいい。それがダメなら一生,病院から出さないか,脳内の性欲を起こす機能を奪う事である。本当に性犯罪者の更生確率は低く難しいものだからである。
こう言うことを言うと「人権問題だ」と言われるが,私は「他人の人権を守れないヤツに人権は無い」と言うのが持論である。
また未成年者の犯罪に対しては,保護者の顔も出す。それくらい自分の子育てに責任を持てと言う事である。
カメラの前で「スイマセン。うちの子どもが万引きを致しました」と謝罪するのである。
ここまでやれば,少しは少年犯罪の抑止効果はあり,親も子どもに目配りが出来るようになるだろう。その上で,罪の重さをどうするかの検討をするべきであろう。
事件が起こってからでは遅いのである。起こらないようにするにはどうするかを先に議論し検討すべきである。
投稿日:2007-04-18 Wed
本日,葵プロジェクトが正式に発足した。葵の森復活と,葵の森を通して人と人との繋がりや,環境を考えていこうと言うものである。
役員は
代 表 芳賀 徹氏(京都造形芸術大学名誉教授)
副代表 秋道 智彌氏(総合地球環境学研究所副所長)
久保田真由美氏(前人づくり21世紀委員会幹事長)
顧 問 田中 安比呂氏(賀茂別雷神社宮司)
日高 敏隆氏(京都市青少年科学センター所長)
門川 大作氏(京都市教育委員会教育長)
坂井 東洋男氏(京都産業大学学長)
福原 隆善氏(佛教大学学長)
事務局 安井 正明氏(賀茂別雷神社禰宜)
中野 詔夫氏(賀茂別雷神社権禰宜)
村松 晃男氏(賀茂別雷神社権禰宜)
と不肖,私が広報を担当する。
あとはアドバイザーや世話役の方々であるが,それは近日中にアップする予定のHPで紹介する。
代表以下,それぞれがそれぞれの分野のスペシャリストである。
まぁ,話を聞いていても面白い。
この葵プロジェクトについては,毎日新聞社が週末に「葵使」を含めて記事にしてくれる。
今日は,毎日と朝日の新聞社が来ていた。
この葵プロジェクトを通して,先ずは環境を考える材料にして,全市に広げていきたいと思っている。
とまぁ,今日は,これから1泊入院(で済むと思うけれど)のため,あまりゆっくりと書けないなぁ。
今朝も正門で立番をしていたが,登校する子ども達を見ていると,またまた色々と面白いエピソードがあった。
それは,明日書くとしよう。
投稿日:2007-04-17 Tue
久しぶりに,昨日から中学校の正門に立っている。登校してくる子ども達に「おはよう」と声をかける。小学校でPTA会長をしたときも,暫く続けた。でも小学校と中学校では,子ども達の反応が違う。
まぁ「挨拶をしない」と言う点は,どちらも一緒だが・・・。
小学校から顔を知っている子ども達は,返事をするがそうでない子ども達は「無視」する。
しかし顔を見ながら「あんたに言うてるんやで」と言うように声をかけると,気恥ずかしそうに小さな声で挨拶をする。
面白い現象がある。
新1年生の登校時間は早い。午前8時を回る頃から登校して来る。予鈴の25分までには1年生は殆ど登校しているだろう。我がドラ息子も1年生の時はそうであった。15分前後から20分くらいには2〜3年生がゾロゾロと登校して来る。
そして予鈴の25分・・・。
相変わらず大勢の生徒が「ダラダラ」と登校して来る。
「コラ! 走らんかい」である。が,一向にお構いなし。
で,今年3年生のドラ息子も24分の登校。(エエ加減にせんかいと蹴りを入れる)
しかし不思議なことに,予鈴がなっても誰も走らない。
生徒指導の先生が正門の外へ出て,まだゾロゾロ来る遠くの生徒に向かって「コラー!走れ〜,お前ら!」と叫んでも全く効き目無し。
で,30分の本鈴が鳴る。
25分を過ぎると,生活委員の生徒達が正門の前に横に並ぶ。
遅刻者チェックである。
本鈴が鳴っている最中に,その隊列を強硬突破する生徒もいる。
しかし,しっかりと捕まえて名前をチェック。幾ら知り合いでもアカン。
いやぁ,この姿,これは政治家シェンシェイに見せてやりたい。
しかしそれにしても30分過ぎても,まだダラダラ来る生徒がいる。
遅刻する事は何とも思っていないのだろう。
私の時代は,予鈴にも遅れまいと必死に走ったものだ。
時代が変われば変わるもんだ。
1年生の頃は,やはり遅れてはいけないと充分に時間の余裕を持って登校する。しかし2年生になると要領を覚える。予鈴ギリギリでもOKなんやと言う事で予鈴の時間が一つの目安になる。ところが3年生にも鳴ると30分の本鈴が登校時間の目安になる。
と言うことは,本来は30分の本鈴が鳴ったときには,先生は教室にいないといけないのに,きっと「いない」のである。
だから正門で遅刻の名前を書かされても,教室では遅刻では無いのである。こりゃ,生徒も30分に登校するわなぁ。
それに遅刻してペナルティーは何もない。
私が中学生の時は「3回遅刻したら1回の欠席になる」と言う,まことしやかな情報が流れていた。で,「それがどうした?」と言う世界だが,これを心配して遅刻をしない歯止めになっていた。
考えてみりゃぁ,サラリーマンじゃないし給料やボーナスに響くと言うものでもない。やっぱり,そう言う点では今の子ども達よりもおぼこくて子どもだったのだろう。
また私の時代は,遅刻すると正門の門扉が閉められたので,半べそで教室に入ってきた生徒もいたが,今は正門の門扉を閉めないそうだ。
そりゃそうだ。今の時代,遅刻者が登校してきて門扉が閉まっていたら,これ幸いと学校をエスケープするに決まっている。(まぁ,そんな理由で閉めないのではないだろうが)
いやぁ,面白い。朝の中学校の風物詩だ。
と言って,遅刻常連者が,いわゆる「悪ガキ」ではない。普通の子ども達である。だから面白い。
しかし,こんなんでいのだろうか?
中学生それぞれにも事情があるのだろうが・・・。
しかし時間くらい守れよな,中学生諸君!
投稿日:2007-04-16 Mon
先般,小学校4年生の男の子が,アダルトビデオを見て同じ事をしてみたいと思い,同級生の女児児童を家に呼んでレイプしたと言う事件があった。最初,記事を読んだとき信じられなかったが,これが今の社会の現実なのであろうか。この父親も父親である。AVを見るなとは言わないが,せめて子どもの目の触れないところに置いておくのが,まともな親の行動だろう。しかし小4でレイプする子どもになると言う家庭は,一体どういう家庭教育をしているのだろう考えてしまう。幾ら荒れた家庭環境で育った子どもでも小4でレイプはしないだろう。
で,後日談が週刊誌に載っていた。
まぁ,週刊誌なのでどこまで真実か解らないが,内容を見ると信じられなかった。
加害者の父親が家に来て,応対に母親が出ると軽く会釈をして,お金を出したそうだ。勿論,受け取れるはずはない。私なら殴り飛ばしている(被害者は母子家庭なので,力がないからそれは出来ないだろうが)。挙げ句の果て,加害者が警察に訴えて「恐喝されている」と言ったらしい。
確かに加害者は小学校4年生である。ものの分別も付かないであろう(と思う)。しかしやっていることはとんでもない事である。学校もこの女児の心のケアをやっていないとか。これが大人のレイプ犯なら,大騒ぎである。
挙げ句の果てに,加害者は,この女児にも責任があるようなことを言っているようだ。
これは「イジメに遭う子どもにも責任がある」と言うようなことを言っているのと同じだ。許せない。
私は,昔から少年犯罪に関しては,過激なことをずっと言っている。
それは「我が子が罪を犯した場合は親も一緒になって罰を受ける『連座制』を導入すべきである」と言う事である。
このくらいの事をしないと,親はド真剣に子育てをしない。
子どもは罪を犯してやろうと思って生まれては来ない。成長をするにつれて,子どもの周囲の環境で良い子にもなり悪い子にもなる。だからその環境が良ければ,子どもはまともに育つのである。その環境作りは「親の責任」である。言い換えれば,子どもが罪を犯すのは,親がそう言う環境を作ったからで「子どもには全く責任はない」と言う事である。もっと言えば,罪を犯す子どもは「親の家庭教育の失敗の犠牲者」なのである。
勿論,学校生活で荒れる子どももいると思う。しかしこれも家庭教育がしっかりと出来ている家庭に育った子どもは,周囲の環境に左右されないで立派に成長している事例を,私は沢山知っている。
私はやんちゃな子どもを見ると,可哀想でならない。根は凄く良い子であったに違いないと思う。本当に硝子細工のような心の持ち主も多い。新聞等でも少年犯罪の記事を読むたびに心が痛む。ちゃんとした家庭環境で育ったら,こう言う事にはならなかったのにと思う。そう言う意味で,そう言う子ども達が可哀想なのである。
今回は,加害者の親が真摯に反省すべきである。罪を犯した子どもが小4と言うのは,絶対に親の責任である。その事実を真剣に受け止めて,二度とこう言うことがないように「自分を教育」し直して欲しい。方法は幾らでもあるはずである。
専門医のカウンセリングを受けるのは子どもではなく,先ず最初に親が受けるべきであろう。
投稿日:2007-04-15 Sun
本日は好天に恵まれ,140年ぶりに賀茂別雷神社(上賀茂神社)の「葵使」の行事が行われた。詳しくは明日の朝刊と,NHKの明日の午後6時10分からの「京のいちにち」で放送される予定。放送局はNHKの他にテレビクルーは,朝日放送が来ていた。新聞社は京都・朝日・毎日・読売と他(名前が解らない)多く来ていた。
NHKは数日前から葵使の行事に関わって,ドキュメント方式で収録していた。株分け式から打ち合わせの場面,そして今日の本番と・・・。
最初,上賀茂小学校で子ども達が上賀茂小学校に植えてある葵を掘り起こし,それを鉢に移して上賀茂神社へ持って行った。その苗は「唐櫃」に納められ久能山東照宮に奉納される。
しかし櫃に入っている葵は見えないので,特別に御輿を作りその上に葵をおいて櫃と一緒に歩いた。
準備が整った行列が神社に着くと神殿に上がり,久能山東照宮へ納めるまでの道中安全祈願を行った。そのあと鳥居の前で出発式を行い,その場に集まった沢山の観光客の前で,宮司が葵使の話をされた。
で,いよいよ先頭の小学生3人が持った鉦(かね)と太鼓の音を合図に,一斉に北山陶板名画の庭に向けて出発した。
尚,上賀茂神社境内と北山陶板名画の庭では,葵の苗を販売していた。思ったよりも売れ行きが良く,テンポも早かった。
しかしさすが今日の暑さと,鉦や太鼓がことのほか重く,2回ほど休憩を入れた。午後1時半に出発し着いたのは午後3時前という行程だった。距離的には短かったが,ゆっくりと歩いた。さすがゆっくりと歩くと結構疲れる。先頭で子ども達の歩調を調整しながら歩いたので,尚更だった。
エピソードを三つほど。
一つは,昔,上賀茂神社で結婚式を挙げたご夫婦に子どもが産まれたそうだ。その子どもに「葵」と言う名前を付けたとのこと。
昨日,新聞に葵使の記事が出ていて,それを見て今日,来られたとのこと。そして記念に「葵」の苗を買って帰られた。
二つ目は外国の方で,やはり新聞を見て自分の国でも広めてみたいと苗を6つも買って帰られた。
三つ目は「僕はサボテンの花でも枯らしてしまうような男ですが,葵の意味を新聞で見て,今度こそ枯らさずに葵の苗を育ててみようと思って,葵を買いに来ました」との事。
これは私が聞いただけのエピソードだが,苗の売り場では,まだまだ心温まるエピソードがあるに違いないと思う。
どこにでもある,有り触れた「葵」の葉っぱであるが,それに人それぞれの人生があるから面白い。
私も,昨日,苗を持って帰って庭に埋め替えた。来年は,この葵を持って神社の「葵の森」に植え替えたいと思っている。
さて「葵使」は17日に静岡に入り,今度は向こうの人達が140年ぶりの神事を行う。これで二つの都市が同じ事をすることになった。
人と人との繋がりは,京都を出て日本全国へ広がる第一歩となったのである。
投稿日:2007-04-14 Sat
昨日,葵プロジェクト主催よる子ども達の葵の株分け式を行った。上賀茂小(6年69名),大宮小(6年147名)柊野小(6年104名),市原野小(4年60名)が参加した。
その記事は,本日の京都・読売・毎日新聞朝刊に掲載されている。
市教委からは高桑次長が参加され,最初に挨拶された。
株分け式に続き,総合地球環境学会研究所副所長の秋道教授より葵についてのお話があった。
上賀茂神社も,今までかつてこれだけの人数の小学生が一斉に参拝したのは無かったと言っておられた。
何もかもが初めてである。
380名もの子ども達も,静かに話を聞いていた。
株分けの様子は,新聞記事の写真の通りである。
そして明日はいよいよ140年ぶりに復活する「葵使(あおいつかい)」の儀式がある。上賀茂神社の古文書の中から出てきたものを参考に行うが,少し趣向を凝らして,行列に子ども達の参加もさせている。
また本来は,「葵」を櫃(ひつ)に入れて運ぶが,それでは見えないので御輿を作って,その上に載せるようにした。
上賀茂神社から植物園の壁画までを歩き,あとは静岡に向けて出発する。(静岡県の久能山東照宮へ献上)
ちなみに日程は
4月15日 「葵使(あおいつかい)」出発式
午前11時 葵(フタバアオイ)採取 上賀茂小学校
午後 1時 葵使道中安全祈願祭 上賀茂神社本殿
午後1時半 葵使出発式 境内立砂前〜社家前〜
午後2時半 北山・陶板名画の庭到着
4月17日 「

