投稿日:2008-07-31 Thu
最近,自分の親を殺す事件が続いている。今日も,良い年をした男が,酒飲みを注意されて両親を殺そうとした。
その前は女子高生が父親を殺している。
幾ら腹が立ったとは言え,どうしてそう簡単に自分の親を殺せるのだろう。
また,無差別殺人も秋葉原以降,続いている。
あまりにも簡単に人の命を奪う行為・・・理解できない。
昔は,「人を殺したら化けて出られるぞ」と言って,或る意味,殺人は怖いものだと心の中に植え付けられた。
思うに,今の子ども達は小さい時に喧嘩をしない。腹が立てば相手を殴ると言う行為を止められている。それはそれで良いと思うが,ある程度,小学生までは,殴り合いの喧嘩も必要ではないだろうか。
それも一対一の喧嘩,要するにタイマンを張った喧嘩をしなければならない。
今の子どもは,複数対一人だから始末が悪い。
私が若い頃は,子どもが親を殴ると言うのはあった。これも良くないが,殺人よりかはマシだ。
腹が立った時に,それを解消する為の順序があるだろう。いきなり殺人はないだろう。
私も小学生の時は喧嘩をした。むかっ腹たったら,相手と殴り合いの喧嘩をした。そして相手が泣けば終わりだ。で,その後はどうかと言うと,次の日はまた一緒になって遊んでいた。小学校へも一緒に行っていた。
その頃の子どもと,今の子ども・・・どこが違うのだろう。
当然,育つ環境が違うっている。それは解る。私が小学校の頃は,デパートに行く時は,家族全員,余所行きの服装で行ったものだ。そう言う時代だった。今は,ジーパンでも行ける。
きっと何もなかった時代だった。
遊びも,道具を自分たちで考えて遊んだ。
食べ物も,お寿司はお客さんが来た時と,正月くらいしか食べられなかった。今はいつでも食べられる。何でも食べられる飽食の時代だ。
お金を出せば,何でも手に入る。
我が子も高校生になると,とかくオシャレになっている。ワックスがどうのこうの,服がどうのこうのと言っている。私が高校生の時は,学校以外に出かける時も,黒学生ズボンに白カッターシャツだった。
まぁ,こんな学生は特異だったと思う。他の同世代の男の子はオシャレだったかも知れない。とかく私は服装には無頓着だった。
学校にも,教科書以外,持って行くものは定期だけ。お金は持っていかない。5時間目が終わって,腹が減ると学食へ行くが,お金がないので担任に「先生100円貸して」といつも行っていた。しまいに「お前は100円亭主か」と言われた。(勿論,借りれば翌日には返したが)
とにかく,私は学校の全教師から信頼を得ていたので,とてもやりやすく楽しかった。個人的に各教科の先生が勉強を良く見てくれた。塾へ行かなくても十分だった。わざわざ私専用の問題集まで作ってくれたりした。
こう言うところを見ているので,子どもを高校に行かせるのは私学が良いと思う。
話がずれたが,時間がゆっくりと流れていると,人の気持ちも穏やかになる。何もない社会が良い。「大人にとって不便な社会が,子どもにとって良い社会」といつも言っている。
一時,ゆとり教育が叫ばれたが,この教育の仕方がしっかりと出来れば,こんな殺伐とした心を持つ子ども達は出来ないのではないだろうかと思う。
これから先も,まだまだこう言う事件が起こるだろう。いつかはどこかで止めないといけない。その為にも,子どもの「心の教育」からだ。
その「心の教育」に反対する団体の人間と,今年初めに会った。正直,一種異様な人種と言う印象を受けた。恐らく日本の社会には適応できない人間だろう。本当に心の教育が必要なのは,この団体の人間達かも。私が話した人間は20歳代の青年だが,この青年の将来を心配してしまう。まぁ,余計なお世話だろうが。
今の社会,本当に危機感を持っている人は,どのくらいいるのだろう・・・。
投稿日:2008-07-30 Wed
車を運転していて思う事だが,速度制限の標識が気になる。30キロや40キロの速度制限の標識は解る。そう言う速度制限をする場所は,危険な場所だ。
しかし50キロ走行出来る道路で,50キロで走行するのと60キロで走行するのと,どれだけ危険が増すだろうか。
標識のないところは,道交法では60キロで走れる。
4車線の道路で50キロ制限の標識を見ると,「これって60キロでも問題ないだろう」と思う。
で,何が言いたいかというと,「50キロ制限の標識を作る金がもったいない」のではと言う事である。
まぁ,そんな他人の懐具合を心配する必要はないが,金は市から出ているだろう。と言う事は我々の税金である。
この50キロ制限の標識がなければ,通常60キロで走行できるわけだから,標識代は必要ない。
何か,無駄遣いのような気がしてならないが。
とまぁ,暑い最中,車を運転してボ〜ッと考えた事である。
投稿日:2008-07-28 Mon
まだ検討段階だろうが,橋本知事が「おおさか・まなび舎」を考えているようだ。小・中学校の放課後に国語・算数(中学校は数学)の補習を行うらしい。勿論,無料との事。和田中の夜スペを放課後にやるというもの。講師は退職教師や教師を目指す学生を当てるらしい。
これは良い事だと思う。
また池田市が,市教委を中心に和田中の夜スペを検討しているとの事。
夜スペについては,過去にも色々と書いたが,今,また別の考えが湧いてきた。受講料を取るのは如何なものかとか,選抜ではなく希望者は誰でも受講できる体制を作るべきだと書いてきた。
しかしここへ来て,もっと重大な事に気がついた。
それは「どうして塾の講師にお願いしなければならないのか」と言う事である。教師として情けないと思わないのだろうか。「おまえらスキルが低いから塾の講師にお願いしているんじゃ」と言われているのに等しい。
また逆に教師の立場から言えば「正規の就業時間帯以外には,金を貰っても授業はしたくないんじゃ」と言っているのかも知れない。
どちらにせよ,情けない話だ。
何故,こう思ったのかと言うと我が子の学校の教師を見てそう思った。
毎日,我が子は午後8時まで学校で勉強している。その間,担当教科の教師は残業である。担任は毎日残業である。オマケに担任は国語の教師だから,自分の時間が空けば,個人的に土曜日でも日曜日でも補習を行う。勿論,サービス残業だ。
これで受講する生徒の態度が悪ければ,ビシビシ叱る。当然だろう。
「オレが自分の時間を割いてお前らの学力レベルを上げようとやっているのに,その態度はなんじゃ!」となる。私でもそうなる。
私は例え,これは教師の押しつけでも構わないと思う。
今は,夏休みだが,毎日通常授業と同じく,朝9時から夜6時半〜7時頃までびっしり補習だ。子ども達も大変だろうが,それ以上に教師も大変だ。
特に担任は毎日学校に来る。
これをすれば夜スペをやる必要がないのだ。考えてみれば,どうして夜にわざわざ学費を払って勉強する必要がある?
土曜日・日曜に,朝から夕方まで授業をすれば良いのだ。そうすれば地域本部みたいな訳の分からないものを立ち上げて子ども達を見守る必要もなくなる。
京都では地域本部のようなものをわざわざ立ち上げなくても,既に自発的に地域で出来ている。それも和田中みたいに,夜スペに参加する特定の子ども達だけを守るのではなく,すべての子ども達の見守りをしている。
和田中も教師が放課後に子ども達の勉強を見てやればいいのだ。そうすれば受講料も要らないし,受けたい生徒全員に受けさせれば良い。これが本当の教育ではないだろうか。
どうして自分の受け持ちの子どもを,わざわざ塾の講師に頼んで勉強を教えて貰わなくてはいけないのか。教師としてのプライドはないのか。
それとも公務員的発想で,自分の仕事は午前8時半から午後3時半までと思っているのか。
これを言うと,必ず言うのが「いや,教師も授業を終えたら,こんどはクラブを見てます。これは教師のボランティアです」と言う。
では「全員が全員,クラブを見ているのか」である。そう言うと「いや,放課後でもやる事が沢山あるのです」と言う。
「じゃぁ,聞きますが,では私学の教師は公立の教師に比べて,放課後や休みの日は,時間が沢山あるんでしょうか?」「暇な教師が公立の教師よりも私学の教師の方が沢山いるのでしょうか?」である。
恐らく,私は我が子の担任を見ていなかったら,そんな事を言われたら「そうかもしれない」と思ったかも知れない。しかし今,我が子の学校の教師を見ていると,そんな言葉は言い訳に過ぎないと思った。我が子の担任も家庭もあるし小さなお子さんもいる。しかしその中で,家庭での子どもとのスキンシップを図ったり,家族サービスをしながら,生徒達の勉強もみているのだ。
「I can do it」である。やれば出来るのだ。その気になれば出来るのだ。
公立の教師も,自分の教え子が伸びてくのは嬉しいだろ。
教師として何に喜びを求めるのかを,再度,考えて欲しいものだ。
我が子の担任を見ている限り,出来ない理由を述べる教師は,ただの無能な教師の言い訳にしか見えない。
公立の教師も,もう少し,公務員的発想は捨てて,せめて自分の教え子くらいは,学力を他のクラスや学校よりも上げてやろうと言う考え方を持って「行動」して欲しいものだ。その為にも自分のスキルアップを常に図って欲しいものだ。
投稿日:2008-07-25 Fri
今日は,我が社会福祉協議会主催の研修会を行った。各自治会の福祉委員を集めて行った。内容は高齢者の疑似体験と車椅子体験だが,時間の都合で疑似体験のみで終わってしまった。
足と,腕とに重りを付け,手には不自由な手袋をはめる。関節も不自由な動きになるサポーターを付け,体には重り付きのベストを着て,目には見えにくいゴーグルを付けてステッキを持ちながら歩く。
階段は登るよりも降りる時の方が怖い。目は白内障のようにボーッとしている。これで電話帳で指定されたページと宛先を調べるのだがさっぱり解らない。
またゴーグルを付けているとガスコンロの火が消えたように見えるが,実際に外してみると,まだ消えていない。
この体験をして感じたことだが,ゆっくり歩いているお年寄りは,本当にゆっくりと歩かざるを得ないのだと言う事だ。
体格も良くて元気そうに見えても,目が悪ければ,どうしてもすり足になるし,足自体があがらない。
それが解った。今までは正直,健康そうなのに,どうしてゆっくりとしか歩けないのだろうと疑問だった。この状態では,さっさと歩けという方が無理である。
しかしこう言う体験は,今の若い人達にして貰いたいと思った。そうすればもっとお年寄りを労る(いたわる)ことが出来るだろう。
人間,いつかは年を取る。その取り方は様々だ。本当に元気で還暦を過ぎてもジョギングをされている人もいる。
今日は,骨密度も計って貰ったが,60を超えた理事の男性の骨密度は20歳の骨密度よりも多かった。まだ同年代に至っては(同年代を100として)130%を超える骨密度だった。
この理事は,毎日ランニングをされている。まぁ,元気元気だ。
こう言う年の取り方をしないと,余生を楽しめないなと思う。寝たっ切りで余生を送っても,何も面白くない。
私も入院して6キロ減らしたが,今は2キロ戻して75キロ。しかし適正体重は68キロらしい。あと7キロ,何とか落としたい。
年を重ねると,健康が如何に大切かと言う事が解る。年を取って元気でいられるのは,若い時の健康管理だ。
若い時に無理をすると,年を取ってから,しっかりとお釣りが来る。
中学生や高校生が喫煙しているが,全く馬鹿である。格好がよいと思っているのだろうが,たばこを吸っている姿は全く様になっていない。しかし自分たちは突っ張って格好良いと思っているのだから馬鹿だ。
私の父親は昨年10月に亡くなったが,その2年前に肺癌の手術を受けた。成功したが,その削除された肺癌を見た。タバコを止めて20年以上たっているのに,真っ黒だった。
今,中学生の頃からタバコを吸い始めたら,この父親の比ではないだろう。
私は喫煙者に対しては,必ず禁煙を勧める。父親の肺を見ているから。そして病気を見ているから。
肺気腫と言って,肺胞が潰れていく病気がある。最終的には溺れたような状態になる。とても苦しい病気だ。
それになる可能性は非喫煙者に比べ,遙かに高い。
たとえ肺癌にならなくても,何らかの肺の病気にはなるだろう。
若いうちは考えられないが,年を取ってからの事を考えてタバコは止めるべきだと思う。
年を取っても元気で好きな事をして余生を送るためには,若い時の今が大事である。
と,幾ら口を酸っぱくしても,解らないだろうなぁ。
もし自分の家族の中にお年寄りがいたのなら,身にしみて解るのだが・・・。
自分の命は,大切にして貰いたい。
話は変わるが,今日,嬉しい事があった。
近所のスーパーへ買い物に行った時に,小学4年生くらいの男の子が挨拶をしてきた。勿論,私は全く知らない。
「こんにちは」
「はい,こんにちは」
「少年ジャンプの立ち読みをしようと思って来たら,もう無かったんです」
「ほ〜,そんなんや」
「でも来週来るというので買います」
「そうやね。立ち読みは良くないね」
「はい,だから今度は買います」
「楽しみやね」
「はい,では帰ります」
「うん,気をつけてね」
「はい」
たわいのない世間話だ。
しかし今時,こう言う話し方をする子どもがいるのだと変に感心した。
どうして私の事を知っているのか解らないが(知っているとしたら,たぶん,おやじの会の行事で見たのだろう),爽やかに声をかけてきた。
何が嬉しいと言っても,小学生に声をかけられるのが一番嬉しい。「地域の子どもは地域で守り育てる」と言う私のモットーが生きているなぁ,と思う一瞬である。
子どもからお年寄りまで,幅広くお手伝いが出来る事がとても嬉しい。
これで金があれば,もっと良いのだが・・・。
投稿日:2008-07-25 Fri
テレビドラマのモンスターペアレットで,前回は高学歴の保護者が担任を追い詰めると言う内容だった。しかしこれはドラマの中だけではない。実際に教師よりも高学歴の保護者は沢山いる。授業参観などで,そう言う保護者が来ていると,教師としてもやりにくいだろう。その保護者が同業の教師となれば尚更だろう。
当然,教え方が悪ければ,その事に対してクレームを付けられる。しかしそう言うことにより教師のスキルを上げていかなければならないのも情けない話だ。
そもそも学校を卒業して直ぐの教師は,頭を下げるという事を経験してない。生徒に対しても上からものを言うので,気がつかないうちに自分が偉くなったように誤解をする。そんな環境で,保護者の気持ちが解るはずがない。だから自分で対応できない保護者を「モンスターペアレント」と呼んでしまうのである。
スキルの高い教師には,恐らくモンスターペアレントなんて存在しないのではないだろうか。理不尽の要求と言っても,最初の段階で幾らでも手を打てるのでは無いだろうか。
勿論,本当に理不尽な保護者もいる。
そう言う保護者は「取り敢えず我が子」なのだ。「お金を払って学校へ行かせているのだから,我が子にはこれくらいのことをして貰わないと困る」と言う理論だ。
この保護者にとっては我が子は35分の1人ではないのだ。他の子どもはどうでも良く,「我が子が1番」なのだ。
この考えは間違っていないと思う。金を出して商品を買う場合,その商品は100%完璧品でなくてはならない。もし買った後,調子が悪ければ,文句を言うのは当たり前。
だから「我が子の成績が落ちるのは,教師の教え方が悪い」となる。お金を払っているから,学力優秀な子どもにする責任が,教師にはあると言うわけだ。
その中には,「子どもの努力も必要」と言う考え方はない。
当然,高学歴の保護者は,我が子の成績が伸び悩んだら「一体どう言う教え方をしているの?」となる。自分の方が教え方が上手いと思うのである。で,自分の教え方と違う教え方を教師がすると,「おかしい」と言って文句を言うのだ。
しかしその保護者を「うるさい保護者」とか「授業を妨害する保護者」挙げ句の果てに「モンスターペアレント」と言って排除しようとするところに問題がある。
そう言う保護者と一緒になって,問題を解決しようとすれば良いのだ。
そこで頭を下げた経験のない教師は,大したことのないプライドが邪魔をして何も出来ないのだ。
私の友人で国立大学の教授がいるが,確実に担任教師よりも高学歴だ。私は,教師や学校が,この友人の話をしっかりと聞いて一緒になって子ども達の教育に関わって貰えれば,素晴らしい学校教育が出来るのではないかと思ってたが,実際に行っているようだ。学校としては強い味方を得たのではないだろうか。
これから益々,教師よりも高学歴な保護者は多くなって来るだろう。その時に,本当にスキルの低い教師は,教育委員会からではなく,保護者から淘汰されるに違いない。
これから団塊の世代の教師がドンドン退職して,若手の教員採用が多くなる。そうなると少々スキルの低い教師も採用されるに違いない。
そう言う教師は,現場へ出ると泣く羽目になる。それがイヤなら,自分でスキルアップを図るようにしないといけないだろう。
教師という仕事は,そんなに甘いものではないと思う。
投稿日:2008-07-24 Thu
またまた,無差別殺人が起こった。あまりにも犯人の身勝手な理由の犯行だ。秋葉原と言い,父親を殺害した少女と言い,今回のアルバイト店員の殺人と言い,みんな父親との関係が上手く行ってなかった。
如何に親子関係のスキンシップが必要かが解る。
これだけ事件が起きても,相変わらず親子関係,特に父親と子どものスキンシップを取る事の重大さを認識できない父親がいる。
スキンシップの必要性を感じないと,父親として泣く目に遭う。
子ども達は,母親とのスキンシップは取れているだろうが,父親とはなかなか出来ない。
しかし子どもは父親とのスキンシップを望んでいる。折角子ども達から父親との接触を持とうとしているのに,それに気がつかない父親が多すぎる。
子育ても父親の大事な仕事だ。会社での報酬はお金だが,子育ての報酬は我が子の成長だ。
せめて小学校を卒業するまでは,父親の役目を果たすべきだ。
確かに仕事で疲れて帰ってきたら,子どもと話す気もなくなるだろう。休みの日の接待ゴルフも大切だろう。
でも仕事だと割り切って,子どもと付き合う事が大事だ。
例え一瞬でも良い。抱きしめたり,抱き上げたりすべきだ。父親の肌のぬくもりを,子どもに教えるべきだと思う。それが出来て初めて,思いっきり「叱る」事が出来るのだ。
その関係が出来て初めて,父親の言う事が,子どもの心に響くのだ。
スキンシップがないのに,いきなり怒っても,反感を買うだけだ。
父親が考えている以上に,子どもは感受性が強い。
こう言う子ども達の予備軍は,予想以上に多いと思う。
世の父親は,もう一度,こう言う事件を他山の石と思わないで,我が身を振り返る事が必要では無いだろうか。
この意見に反感を持つ人もいるだろうが,それはそれで良い。必ず我が身に返るから。
投稿日:2008-07-22 Tue
落書きの国と言えばアメリカと言う印象が強い。今は知らないが,30年前のニューヨークの地下鉄は,落書きだらけだった。勿論,建物もだった。
その現象が,今日本に起きているのだろうか。
しかし日本は落書きのまま列車を走らせたりはしない。
イタリアの世界遺産に落書きした大学生がいた。女子大生は,イタリアまで行ってお詫びをした。これは或る意味,日本人の美徳だ。
しかし周囲を見れば落書きだらけだから,自分も少しくらいは・・・と思ったのも無理はないかも知れない。
落書きをすると言うのは,自己顕示欲が強いと言う事だろうか。再度,その場所を訪れた時に,懐かしむために書くのだろうか。
私は小学生の時に落書きをして父親に殴られた。これで「落書きは駄目なんだ」と心に刻まれた。これを口で言われていれば,ひょっとしたら今,私も落書きをしたかも知れない。
子どもの頃は,時には体罰が必要である。確か「子どもは家畜」と言う本を書いた人がいたと思う。これは当たっているだろう。
子どもの頃は,体と頭で教え込まないといけないことが多々ある。
東国原知事が「げんこつ条例」はどうかと言う事を言ったそうだが,賛成である。しかし相当バッシングを受けたようだ。
私は,子どもが大きな怪我をしなければ体罰はOKである。
私が中学生2年生の時,今の中学校へ転校してきた。それから少し遅れてM中学校のワルも転校してきた。私が元いた中学校はH中学校で,当時,ワルの中学校の3本指に入っていた。H中,M中,Y中だった。
だからそれを受け入れる側は,戦々恐々としていた。でも私はそうじゃなかったので,みんなは安心したが,少し遅れて来たM中の生徒は,筋金入りのワルだった。
まぁ,コイツ,先生から出席簿で殴られたり,教科書を丸められて頬を殴られたりと,大変だった。
しかし,なかなか根性のあるヤツで,今はまっとうな道を歩んでいる。彼に言わせると,やはり教師のビンタは効いたとか・・・。
スクールウォーズに出てくる「弥栄(中)のしんご」もそうだ(映画名はこれではなく,これは本名)。
監督に殴られて蹴られて張り倒されたが,そのお陰でまっとうな人生を歩むことが出来た。
駄目なことは駄目と,ド真剣に大人が叱らないから,子どもは言う事を聞かない。落書きも,見つけたら法律通り,罰金と懲役に科せればいいのだ。それをしない限り直らない。
行政もやはり心のどこかに「落書きくらい」と思っているのだろう。
そう言う考えをなくさない限り,落書きは永遠に続くだろう。
何が面白いのか解らないが,落書きをする人間の気が知れない。どの落書きを見てもワンパターンだ。全く個性がない。ヘタクソ!
本人は芸術のつもりで書いているんだろうが,人に不愉快を与えるものは芸術とは言わないのだ。
また観光地での名前の落書きも最低。誰も知らない名前を書いてどうするの?
どうせ書くなら,顔写真も貼り付けとけば?
そうすれば「ああ,こんなアホがこの落書きを書いたのか」って解るから。
「旅の恥は書き(掻き)捨て」なのだろうが,外国で落書きをすれば日本人が恥を書くことになる。
国内では,「○○県人会」なんて書けば,その都道府県の恥である。自分一人の恥ではなく,その周りの人が恥をかくことを忘れないように。
証拠として残らなければ良いと思うのも間違い。落書きで書いた名前は,同姓の人にとっては迷惑な話。「こんなアホと一緒にせんといてくれ」である。
落書きは,若者に限らず,良い年をした人間も書いている。60歳以上の,人生の酸いも甘いも味わった分別のある人間が,団体旅行で落書きをしている。本当に情けない話だ。
集団心理とでも言うのか,一人では絶対に落書きなんてしないだろうに・・・。
日本人の奥ゆかしいモラルは,一体,どこへ行ってしまったのだろう。
投稿日:2008-07-20 Sun
読売新聞に大学生の「卒業率が85%」と言う記事が出ていた。「昨年度の1年間の退学率は平均2・6%,卒業率は84・6%。卒業率は過去のデータより低く,入りにくく出やすいと言われてきた日本の大学が,欧米のように出口管理を重視しつつある傾向がうかがえる」とのこと。
2004年(6年制は02年)4月入学者のうち卒業時までに退学した学生の率の平均は8・2%。中には40%を超える大学もあったようだ。昨年度1年間の平均は2・6%。
うち最も学生が多い私立は3・2%で,日本私立学校振興・共済事業団の05年度調査の2・9%を上回った。入試が多様化して入りやすくなる中,経済的事情や学習意欲の不足から退学する例が増えているらしい。
卒業率(6年制含む)は最高99%,最低46・6%と幅があり,平均84・6%。
経済協力開発機構(OECD)の04年調査で日本は91%と30か国平均(70%)から突出していたが,今回調査で国際水準に近づきつつあることがわかった。
実力不足では卒業させない方針を打ち出す医学系,理系大もあり,卒業時の出口管理に重点を置く大学が増える傾向が数字に表れている。
以上,gooの記事からだが,入りやすく卒業しにくいと言う傾向はよいと思う。今の子ども達(勿論保護者の考え方が主だが)の目標は「一流と言われる大学に入る事」だ。
で,目標の大学に入れば,勉強しないで遊び呆けてしまう。
しかし将来の目標を持って,その夢を叶えるための手段として大学に入った学生は,しっかりと勉強をする。
大学に入る事を目標にするのか,大学を将来の目標の手段とするかでは,自ずと勉強をする姿勢が変わる。
違う見方をすると,今から少子化の時代になるのだから,大学としては無理に卒業させなくても,留年させて授業料を取り続ければよい。
大学も経営的に助かるし,学生は学力の低下を防げる。
しかし経済的に退学をして卒業率が下がると言うのは,少々考えさせられる。
私が学生の頃は,「天ぷら学生」と言う事を良く言われた。当時のエビ天は,衣ばかりで,オキアミのようなエビが1匹着いているだけだった。
そこから,「大きな大学生と言う衣をまとっているが,中身は全くない」と言う事である。
まぁ,私もその仲間にいたのではないだろうか。
これからは名実ともに最高学府の誇りを持った学生が,多く社会へ出てくることを望みたい。
投稿日:2008-07-19 Sat
先般,中学生の少年がバスジャックをした。そして今回,埼玉県で私学に通う女子中学生が,父親を刺殺した。
どちらも14歳,15歳と言う中学生だ。
短絡的で思慮のなさが伺える。どうして一つの行動を起こすのに,その後の結果を,どうして考えることが出来ないのだろうか。
「こういう事をしたら,こうなる」と言うことが理解できれば,行動を躊躇するはずだ。
「嘘をついたり,殺人をしたら閻魔さんに舌を抜かれて地獄に行くよ」と言うことを,私の子どもの頃は,良く言われた。勿論,そんなものは誰も信じない。しかし信じないが「悪いことはしていけない」のだと言うことは子ども心に植え付けられた。勿論,それでも罪を犯す人間はいる。
今の子どもたちは,自分が行動を起こす前に,立ち止まって考え直すと言うことが出来ないようだ。思ったことを直ぐに行動に移す。
しかし一つの行事や,自分の人生にプラスになると言うことに対しての行動力は全くない。
片や感情的になれば,激情的に行動を起こす。俗に言う「直ぐにキレる」と言うことだ。
それは子どもの時に,好き放題に育ったからだ。私の子ども頃は,学校で悪いことをすると先生に殴られた。今風に言うと「押さえつけら」れて育った。しかし誰もそれがトラウマになることもないし卑屈になることもなかった。まともに育っている。
また「親を大事にしなさい」「人を傷つけてはいけない」と常に言われていた。他人を罵倒しようものなら,親からは殴られるわ,先生から殴られるわで大変だった。そのお陰で,物事の善悪が身についた。
だからいくら腹が立っても,自分の親や他人を殺すなんて言うことは無かった。
今回,バスジャックの少年も,父親を殺した少女も,二人とも親への反抗だ。少年は父親に叱られて家を飛び出してバスジャックをした。少女も父親と口論していたようだ。
しかしこれだけのことで取り返しのつかないと事すると言うのが信じられない。
大体,小さい時から子どもとスキンシップがとれていない親が,急にわが子を怒っても聞くわけがない。頭ごなしに子どもを叱れる親は,小さい時から子どもとスキンシップがとれている親がすることだ。それが出来ていなければ,叱り方を考えなくてはいけない。
わが子の高校の担任は,まぁ,スパルタ教育だ。授業中にボールペンを投げたり,ヘッドロックをかけたり,足で尻を蹴ったりしている。勿論,手加減はしているだろう。しかしこれで我が子を含め,子どもたちが反発したり,親が文句を言いに行くことはない。これが生徒と教師の信頼関係だ。
私も担任には,殴らなくてはいけない時は,ドンドン殴って欲しいと言っている。
勉強に関しては,担任を含め教科の教師もスパルタだ。
これが学校現場の教育だと私は思っている。
本当に教師が子どものことを思えば手も出る。その中で信頼関係が作れると思う。
このお陰で,わが子のクラスの30名が一つになっている。イジメもない。まぁ,自分たちは特進クラスだと言うプライドもあるのだろうが,そうであっても他人を蹴落として伸びて行こうと言う生徒がいないようだ。勉強で解らないことがあれば,教え合いをしているようだ。それも答えではなく,解き方まで。
これが本当の教育現場だろう。
こう言う環境で育った子ども達は,きっと他人に迷惑をかけることはないと思う。これをどうして小学校で出来ないのだろう。勉強1本槍ではなく,人間教育も併せてやっているから,うまく育っているのだろう。
でもこれを公立小・中学校でやると,保護者がうるさいだろうな。
無論,私の持論はしつけ教育に関しては「家庭教育」が主で,学校は補助的なものだと思っている。今必要なのは,やはり子ども達の「心の教育」だ。心の教育はいらないと言っている馬鹿な集団があるが,とんでもない話だ。そう言う人たちの子どもはどんな育ち方をするのか,変に楽しみになる。
今の子ども達に欠けているのはその教育である。それは或る意味,道徳教育だ。
これをド真剣にやらないと,ますますおかしな子ども達,そしてそのおかしな育ちをした子ども達が大きくなっておかしな大人になって社会へ出てくる。
秋葉原の殺人犯も,心の教育が出来ていれば,悲惨な事件は起きなかった。ニュースなどを見ていると,この親の教育は間違っていたと思った。可哀想だがこの親は自業自得である。
科学的には,カルシウムが不足すると,キレやすいとか。
子ども達の食生活にも,問題があるらしい。キレた子ども達は,カルシウム不足の子どもが多いと,何とかという大学の先生が言っていた。
何れにせよ,今の子ども達,何とかしないと,将来の日本はないだろう。
ただ救われるのは,まだまだまともな子ども達多いと言う事だ。だから日本が駄目になることはないだろうが,一部の駄目な人間のために,まともな人が苦しめられるのは困ったものだ。
極論を言うと,「マイノリティ・リポート」のような世界が出来るかもしれない。そうなると怖い社会になるなぁ・・・。
投稿日:2008-07-17 Thu
神戸市の認可保育所の保育料の滞納総額が2007年度末で,5億3500万円と過去最高になったらしい。2007年度分も1億4500万円と単年度として最高額との事。支払い能力があるのに徴収に応じない悪質なケースも目立っており,市は対策本部を設置し,高額滞納者をリストアップして財産の差し押さえなど,初の強制徴収に乗り出す方針らしい。うちの場合は,区に公立保育所,幼稚園が無いために,高額な私学の保育所,幼稚園に通わせている。
私学の場合,保育料などを滞納したら,即督促する。それで受け入れられないのなら,辞めて貰うしかない。
この授業料滞納は保育所に限らず,公立高校でもあるようだ。
結局,公教育に関しては,給食費を含め滞納と言う保護者がなんと多いのだろう。払えるのに払わない。
しかし「払えない(収入だから)から(授業料は)払えない」と言うのであれば,公的な補助を受ければいい。でもそれもしないというのは,「払えるのに払わない」と言うとんでもない保護者なのだ。
或る意味,羨ましい。
我が子は私学だから,まぁ,授業料が高い。しかし子どものことを考えると,どんなに苦労しても授業料を稼ごうと思う。
勿論,府に対しては授業料の補助申請をしているが,満額でも年間48000円だ。こりゃ,無いよりマシかと言うような金額にもならない。
精々,一ヶ月の定期代の補助くらい。
なんか愚痴っぽくなってきたなぁ。
いやぁ,本当に公教育に通っている子どもを持つ保護者は羨ましいものだ。
しかしマジメに払っている保護者にとっては,「いい加減にしろ!」と頭に来るだろうなぁ。。。
投稿日:2008-07-17 Thu
クイズ番組で「ヘキサゴン」と言うのがある。元来,クイズ番組は好きだ。頭の体操にもなる。
この番組の中で,おバカキャラで売っている男性3人,女性3人の計6人がいるが,このグループが「アラジン」という名で新曲を出した。
アラジンと言えば,この曲の作曲者でもある高原兄氏の元のグループ名だったように思う。
「完全無欠のロックンローラー」と言う歌を歌っていたと思う。
この高原氏,実は射水おやじの会(富山)のメンバーだ。
先月,射水おやじの会の総会に呼ばれて行ったときに会う予定だったが,さすが羞恥心の歌がヒットして多忙になったようで会えなかった。
今年の「全国おやじサミットin富山」では,会えるだろう。
このサミット中で,おやじの会のメンバーがグループを作って「羞恥心」を歌うようだ。
さて,その新曲の歌詞が素晴らしい。島田紳助氏が作詞したが,なかなかのものだ。
日本の愛国心反対を叫ぶ人にとっては,ブーイングだろう。しかしこの歌を,若者がみんな口ずさめば,これまた素晴らしい。
何せ「日本は凄い」と言う意味の繰り返し歌のだから。
ざっと詩を読めば,サラリーマンの応援歌のようだが,じっくり読むと,日本の応援歌である。
島田氏が理解して書いたかどうかは解らないが,彼は日本人の誇りを持っているように思う。
これは嬉しい。
愛国心の基本は「家族愛・人間愛」である。
自分の子どもを愛し,家族を愛する。そして地域を愛し,人を愛する。その積み重ねが「愛国心」だ。
最初から愛国心ありきではない。
家族を放っておいても国を愛せ「ではない」。
そう言う意味で,今回のこの歌(「陽は,また昇る」だったかな)」の詞は素晴らしい。曲も良い。
年齢層幅広く受ける歌ではないだろうか。特に小学生は直ぐに歌うだろう。この歌を歌っている中で「日本って凄いんや」と思うに違いない。
投稿日:2008-07-16 Wed
7月15日のテレビドラマ「モンスターペアレント」が,給食費のテーマで放映されていた。ここに出て来た保護者,全ている。
「義務教育だから全てを国が保証するのが当たり前」と言う言い訳。その通りに言う保護者がいる。
給食費の3900円は払えなくてもパチンコ代や宅配ピザ代はしっかりと払える。1日180円の昼食代。立ち食いそばでもこの値段では売っていない。
このドラマの中で担任の教師が,給食費を払わない保護者の分を,身銭を切って払っていた。これは決してドラマの中だけではない。現実に有る事だ。
しかし担任の教師は払わず,校長が払っているケースが多い。
本当に給食費が払えなければ,手続きをとって給食費免除申請をすればOKだ。何も恥ずかしくない。誰にも解らないし。
実は,過去,私も苦しいときがあり,当時の小学校の校長から勧められた事があった。しかし何とか踏ん張れて,給食費滞納もなく無事小学校を卒業させた。見栄を張る必要もないし恥でもない。逆に利用できる制度は利用すべきだと思う。
子どものためなら,親は見栄を張ってはいけないと思う。
全国的に見れば,億単位の滞納金額になるようだが,払えるのに払わない保護者の気が知れない。
私の小学生時代は,給食袋があった。それにお金を入れて学校へ持って行った。忘れると,本当に給食抜きだった。
ただ忘れただけなのにこれだ。しかし1回や2回ではこうはならない。続けるとこうなる。これが親への教育になる。子どもには「忘れ物をするな」と教育している。ルーズな親に対しての教育がこれだ。まぁ,考えてみると子どもは可哀想だ。
しかし毎回このドラマは面白い。良くもまぁ,これだけクレームを集めたものだ。まだまだ今後も出てくるだろう。全て私が経験した事だから,ドラマの中だけとは思えない。保護者だから保護者に対してキレることが許されるが,教師はそうはいかないだろう。ストレスが溜まるだろうなぁ。
理屈が通れば話は早いが,理屈が通らないから大変だ。だからモンスターなのだろうが・・・。
でも私の経験でモンスターペアレントと言われる保護者と話をして,納得させた事がある。
相手は父親からだった。単身赴任している。娘からの電話で憤慨されたのだろう。当時,私はPTA会長をしていたので,私に直接,父親から話が来た。
恐らく私と同じ事を学校の先生が言ったら,話は大きくこじれていただろう。ところが同じ立場の父親である。じっくりと話せば納得するのだ。
こう言う経験から,モンスターペアレントと言われる保護者は,逆に言えば学校に一番近い保護者なのだ。決してモンスターではないと思う。
こう言う場合は,PTAに話をさせるのも,一案ではないだろうか。「学校VS保護者」ではなく「保護者VS保護者」が結構行けるのではないだろうかと思う。学校はプライバシーを守ってくれるが,保護者であれば変な対応をしたら,一気に噂が広まる。そうなると,自己中の保護者も言動を慎むのではと思ったりもする。
兎に角,払えるのに払わないと言うのは義務教育に反する事だ。親には教育を受けさせる義務があり,その一環として子どもに給食を食べさせる義務がある。その材料費を払う義務は生じる。
一層の事,中学校みたいに弁当と給食を並行させればいいのではないだろうか。そうすればいかに給食費が安いかと言う事が解るし,給食がまずいというのなら,弁当を作ってやれば良い。
それが「平等」かも知れない。
投稿日:2008-07-15 Tue
世の中,モンスターばかりかと思うくらい,もう,うんざりする。竹島を日本の領土だと主張したいが,奥歯に挟まった言い方をして,それでも韓国から責められている。
北朝鮮は,韓国の観光客を射殺したとして非難を浴びているが,その説明は首をかしげるくらい不自然だ。
地球温暖化を抑制しようと排出ガス規制を世界へ投げかけているのに,アメリカや中国は非協力的だし,拉致問題にしても,進展は見られない。
多くの問題を声高に叫んでも,結局はそれ以上の大きな声で言われるので黙ざるを得ない。
全く日本は踏んだり蹴ったりだ。
どうしてここまで我慢をしなければならないのだろう。これは学校のクレーマーに対する対応と,全く同じだ。
言いたい事があれば,はっきりと言えば良い。それで孤立する事もないだろうし,戦争になる事もないだろう。
反日だと言って,韓国は日の丸を燃やしている。しかし日本人の若者は,韓国国旗を燃やしているか?・・・だ。
これほど愛国心に差があるのだ。
愛国心と言うと,アレルギー反応を持つ一部の人がいるが,情けなくはないだろうか。日本以外の国は愛国心を持っても文句は言わないが,日本人だけはだめなのか?
おかしな論理である。
拉致問題なんて,我が事のように国民一人一人が怒りを持たないといけない問題なのに,一部の人しか活動してない。
全く日本は平和なんだと思ってしまう。
一方で,悲惨な無差別殺人が起こっているにも関わらず,まだまだ日本は治安が良いと思っている。実は,私も未だに治安はよいと思っている。
しかし小さな子を持つ親は,決して治安は良いと考えてはいけないと思う。我が子が危険さらされる確率は非常に高いと思う。
アジア系のマフィアなどが日本に来てソフトの違法コピーをして販売したり,ドラッグを堂々と販売したりしている。
この日本,一体,どうなるのだろうか。
心配になってくる。
投稿日:2008-07-14 Mon
大分県の教育委員会でとんでもない事件が起きた。それも従来から当たり前のようにして行われていたと言う。教員採用での不正雇用だ。
昔(と言っても40年以上も前だが),警察官の身内やその知り合いは,少しの違反なら当然のように違反の揉み消しがされていた。世間的には知られているが,暗黙の了解の中で誰もそれを問題にしなかった。
これと同じように,この大分の教員採用試験も,口利きで有利な採点を貰うと言う悪しき慣例が続いていたようだ。まぁ,これは尚かつ大きなお金が動いている。
小さな村で村長に「なぁ,村長さんよぉ。うちのバカ息子,今度学校卒業しよるんじゃが,役場に入れて貰えんかのぉ」程度のお話なら,まだ可愛い。
さて,今回,一番の被害者は誰だろう。勿論,子ども達である。しかし何も知らないで採用試験に受かった容疑者の子どもはどうだろうか。
大分県の教員採用をめぐる汚職事件で贈賄罪で起訴された同県佐伯市立小学校の校長浅利幾美被告(52)=懲戒免職処分=の長女が勤務する同市内の小学校では事件以降,混乱が続いている。長女は一時休暇を取った後、「子どもと一緒に頑張りたい」と職場に復帰した。しかし「教師たちが信じられない」と割り切れぬ保護者もいる。
関係者によると、2008年度の採用試験での長女の成績は優秀で,県教委幹部が成績を操作することなく,上位で合格したとされる。
もしこの長女に今回の事件の事が予め解っていたら,きっと「やめてくれ」と言ったに違いない。親の「我が子のため」と言う思いは良いが,その間違った子ども思いが,結局は我が子を不幸にしている事に気がつかない。こう言った例は,過去,数多くある。
もっと我が子を信じろと言いたい。我が子の才能を信じていれば,この長女は堂々と教壇に立っていられたのだ。この我が子の人生をどうするつもりだ。本当に情けない親だ。これが教師をしていたんだからお粗末この上ない。
我が子に才能がなければ仕方がない。教師になる才能がないのなら不採用で当然である。これが企業の中の仕事の一環で,流れ作業でロボットでも出来る仕事を,敢えて人間がしているのなら不正合格でも良いだろう。
しかし教師と言う仕事は,相手は人間である。「人間を作る」仕事なのだ。そう言う非常に重要な仕事に就くのに,才能のない人間が就いたら,子ども達が不幸だ。
この長女「余計な事しないでよ!私は私の実力で十分合格出来たのよ!バカにしないでよ!」って,母親に言いたいだろう。
京都市ではこう言う事はないだろう。教員採用も実力のない受験生はドンドン落としている。それでも教師になりたいと言う学生や講師が沢山いると言うのは,さすが,学生の街のメリットだろう。
これから団塊世代教師の大量退職が続く。その為に大量採用が行われるだろうが,採用は妥協することなく,例え採用実績が少なくても優秀な人を教師として迎えて欲しいものだ。それをやらないと「教育先進都市 京都」の名前が泣く。
何れにせよ,馬鹿げた事をやっていたものだ。これでまともな教員採用をするようになるだろう。しかし不正合格で合格した人間の陰には,優秀な成績でも不合格になった人がいる。本当に子ども達の事を考え,将来に夢を持った人達・・・その不合格になった人達は,本当にお気の毒としか言えない。
投稿日:2008-07-13 Sun
知らなかったが,特別支援学校の教員は,それようの免許があるようだ。学校で正規に授業を行うには,その校種や教科の免許を持っている人がいなければならない。免許のない人が教えていた事がバレて,その分の授業をやり直さなければならなくなったと言う厳しい話もある。
しかし文部科学省が先頃公表した調査によると「特別支援学校」には,特別支援学校の免許を持っていない先生が3割近くもいるらしい。
特別支援学校とは,以前は「特殊教育諸学校」と呼ばれていたものだ。今でも「盲学校」「ろう学校」「養護学校」という名称のままの学校も少なくないが,法的には2007(平成19)年度より「特別支援学校」に一本化された。これに併せて,盲・ろう・養護学校の3免許も一本化された。
文科省調査によると,障害の種類に対応した免許を持って教えている人は67%で,他の障害種の免許で教えている人を合わせても70%を超える程度らしい。
一方,特別支援学校の免許を持っていない人は27%。4人に1人は免許を持たずに教えている,ということになる。
しかしこれは違法というわけではない。現に京都市でも一般の学校から総合支援学校へ異動する先生もいる。
教育職員免許法によると,もともと特別支援学校の教員になるには,特別支援学校の免許だけでなく,小・中・高校などの免許も同時に取得しておく必要がある。何故なら特別支援学校が,小・中・高校などに「準じる教育」(学校教育法)を行うものとされているからである。
ところが,同じ免許法の付則で「当分の間は小・中・高校などの免許だけでいいことにする」と言う特例が置かれており,この規定によって,特別支援学校の免許がなくても教えられるわけだ。
なぜこういう措置を認めているかというと,そもそも障害種別の免許を持っている人が足りないことが大きな要因。文科省では学校の設置者に対して,免許のある人を採用したり,免許を持たない人を配置した場合でも在校中に免許を取得させたりする努力をするよう求めて来た。
実際,少子化にもかかわらず,特別支援学校の児童・生徒数は年々増え続けている。(と思う)
しかし,特別支援学校にこそ,さまざまな障害に対応した専門的な知識や指導力のある先生が求められるはず。加えて,特別支援学校の先生には,通常の小・中・高校に対する「特別支援教育コーディネーター」としての役割も期待されており,充実は急務と言えるだろう。
だが,もう一歩突っ込んで言うと,公立の各小・中学校にも育成学級がある。少し他の子ども達よりも習熟度が遅く,理解するのに時間がかかる子ども達のいるクラスである。しかしこの子ども達は決して他の子ども達と劣っているわけではない。時間をかければ理解出来る子ども達だ。
そう言う子ども達の教育に,上記のような免許を持った教師を担当させる方が良いに決まっている。
しかし絶対的にその人数が少ないようだ。支援学校にさえいないのに,一般の公立学校の育成学級担当に一人の教師を当てると言うのは,それこそ難しい相談かも知れない。
色々と考えると,本当に今の教師は大変だと思う。或る意味,オールマイティーを要求される。スクールカウンセラーが鬱病になってカウンセリングを受けていると言う事も聞いた事がある。
障害のある子ども達の話を聞いたり,対応したりしている教師は,そう言う子ども達を指導する免許がないと,厳しいものがあるのでは無いだろうか。子ども達もそうだが,それ以上に先生が潰れるのではないかと心配する。ベテランで有能な教師ほど,そう言う現場に送られるかも知れない。
やはり教師の仕事として,分野別に免許を持った人が,その任を負う方が上手く行くような気もするが・・・。
投稿日:2008-07-12 Sat
参った。先週の火曜日,とてもしんどくて病院へ。今週の月曜日に結果が解ると言われたが,先週の金曜日に病院へ行った。この日は,もう立つのもやっとだった。
夜に行ったが,たまたま血液検査の結果が出ていた。
白血球が異常に多いと言われ,再度,その項目を血液検査。1時間ほどで結果を出して貰ったが,もっと増えており即入院。
しかしやる事があったので,一度帰宅後,入院。。。
それが午後11時頃。それから点滴を3日間途切れることなく打たれた。
その結果,山を越え,白血球も正常値へ。
ただ前立腺癌の疑いは消えないので,これは経過観察。でもたとえ癌でも早期なので大丈夫との事。
まぁ,もう少しで天国(地獄?)の片道切符を買うところだった。
1ヶ月前には,左足首の靱帯を切るし,踏んだり蹴ったりの一ヶ月だった。
その間,アップル社のi-phoneが発売された。
これは欲しい一品だ。
モノは確かに安いが,基本料などを入れると7000円を超える。それでも欲しい1品だ。
お財布携帯やワンセグ機能はないが,そんなものはハナから使っていないので,不便でも何でもない。
或る意味,モバイル的な使い方が出来そうなので私にとっては便利なツールになりそうだ。
web mailも出来るので,パソコンを持ち歩く必要がなくなる。これが楽だ。
パソコンのヘビーユーザーなら,欲しい1品かも。
まぁ,市場の見方としては,海外で600万台売れたi−phoneでも日本市場ではそこまで行かないだろうと言う。しかしこれはどう化けるか解らない。
小学生の頃,白黒テレビを見て力道山頑張れと言っていた時代に,今の世界を想像できただろうか。考えもしなかった。
精々,SFの世界で,21世紀は遠い話の事であり,その頃は漠然と宇宙旅行時代が来ているのでは,と言うのはあったが,自分の身近な世界が変化している事は想像できなかった。
僅か40年しか経っていない。技術の進歩は凄いものだ。
この先,10年,20年とどうなっていくのか,想像できない。
今から50年後の日本は見られないが,地球の自然環境だけは,後世の子ども達に残していきたいものだ。
今回,退院して来て思ったのは,また暫くこの世界が見られるなぁ,と言う事だ。なかなか良い経験をした。
投稿日:2008-07-04 Fri
これから入院となった。参った。
当分,PCは開ける事が出来ないなぁ。
では,行くとするか。。。
投稿日:2008-07-04 Fri
所変われば品変わると言うが,世界には色々な出来事があるものだ。スウェーデンで8歳の少年が誕生日のパーティーにクラス全員を招待しなかったことを学校が問題視し,これに反発した少年の父親が議会オンブズマンに苦情を申し立てたとの事。それをめぐって,地元紙のウェブサイト上で賛否両論の熱い論争が起きたらしい。
まぁ,日本では考えられない事だろう。
少年が通う南部の町ルンドの学校では,クラスでパーティーの招待状が配られた時は全員が招かれなければならないと言う決まりがあるらしい。しかし,少年の招待リストからクラスメート2人が除外されていたので,教師がすぐに全ての招待状を回収したとの事。
校長は「2人が招待されなかったのは許されない。のけ者にされた2人は悲しんでいる」と語ったと言う。
これに対し少年の父親は問題となった2人の男子について「1人は自分の誕生日に息子を招待しなかった。もう1人は半年も息子をいじめてきた。敵意を持つ者を誕生日パーティーに招待したりはしないだろう」と語り,招待状が取り上げられたことについては「手紙を盗むようなもので,息子はひどく心を痛めている」として,議会オンブズマンへの苦情申し立てを決めたという。
この問題が地元紙で報じられると,数日中にそのサイト上に200近い意見が寄せられ,大半は「子供の望む通りに招待させてやれ」などと父親の肩を持つ意見のようだが,中には学校側を支持するものもあったそうだ。これに対して,議会オンブズマンは苦情に対する判断を9月に示す予定らしい。
こんな事,日本では考えられない。しかし私が知らないだけで ,あるのかも知れない。確かにクリスマスパーティーや誕生日パーティーに友達を呼ぶというのは,私の小学生の時からあった。我が子もやっていた。
しかし呼ぶ相手は,仲の良い友達だ。確かに平等にクラス全員を呼ぶ方が良いのだろうが,逆に,呼んだとして来て貰えない子どもはどうするのだろう。それも傷つくのではないだろうか。
仲が良いから誕生日パーティーにも行くのであって,仲の良い相手でなければ,行っても面白くないだろう。
そう言うパーティーには全員を招待すると言う決まりが学校にあると言うのも不思議だ。そこまで干渉して良いのだろうか。
スウェーデンと言えば,福祉国家だ。お年寄りがなんの心配もなく老後をおくれる。また障害者にも優しい国だ。
そう言う下地があるので,仲間は外れにされた子ども達は可哀想だという事で,こう言う事になったのだろう。
しかし考え方としては素晴らしいと思う。「国民,みんな仲良く」に繋がる考え方だろう。
何だか「う〜ん」とうなされるニュースだった。
投稿日:2008-07-03 Thu
水曜日,叔父の告別式があった。20年間ほど寝たっきりだった。元々は京都府警の交通課警部で,鬼警部だった。
私が学生時代にスピード違反で捕まった。即免停の40キロオーバーだった。検察庁で裁判を受けて確か罰金60000円を払った覚えがある。
この当時,警官の身内や知り合いの違反は,揉み消しがまかり通っていた時代だった。しかしこの叔父は揉み消しするどころか,叔父には黙っていたのに,どこで解ったのか知らないが,突然呼び出されて大目玉を食らった。
「今度,どんな小さな違反でもしたら免許取り消しか,取り上げにするからな!」だった。当時は学生の事故死が多かったので無理もないかなぁ,と思ったものだ。
まだ私がサラリーマンをしていた時,仕事の最中,府警の前を通ったので寄ってみた。昼時だったので叔父と食事に出たら,向こうから怖そうな男の集団が歩いてきた。どこからどう見てもヤクザである。その連中が叔父とすれ違うときに腰を低くして挨拶をした。聞くと○暴(暴力団担当)の刑事だった。
「あのくらいの人間が担当せんと,暴力団を相手に出来ひんのや」・・・・成る程と納得。
それが寝たきりになってから,急に弱くなって・・・。見ているだけで涙が出て来たものだった。
先週金曜日に様態が変わり,日曜日に亡くなった。
私の父親が昨年の10月に亡くなっているので,「もうええ加減に人に迷惑かけないでこっちに来いよ」と呼びに来たのだろうかとみんな言っていた。
こう言う事に対しては,全く無頓着な私は「そんな事あるわけないやろ」と黙って聞いていた。
で,告別式が終わると,火葬場へ行って収骨し,そのあと,また葬儀場へ帰ってきたら,直ぐに初七日法要に入った。
折角皆さん集まっているので,ついでに行うと言うのが,今の流行らしい。
しかし気持ち的には,複雑だ。
葬式というのは形骸化してきているのだろうか。今の仏教は葬式仏教と言われる。田舎に行くとお寺と檀徒の関係が深いが,都会では,お寺を使うときは葬式の時くらいだろう。その葬儀も,結局形だけになってきたのだろうか。
父親の時は,初七日は7日後にやった。
それも形だと言えば形だが,昔からの形だからそうれはそれでOKだと思う。しかしそれも世につれて変わっていくのだろう。
最近は,お寺もお布施が少なくなって,維持するのが大変だそうだ。
そう言えば,小学生の頃,近所のお寺の境内で遊んで,たまに本堂へ上げられて,貰ったお菓子を食べながら住職にお話を聞くと言う環境で育った我々は,知らず知らずの内に「親孝行しいや」とか「悪い事をしたら地獄へ行くから悪さはするなよ」という事を教えられたものだった。
今はそう言う環境は少ない。
昔,親戚が亡くなれば,初七日,四十九日,新盆,1周忌と,その都度,法事としてあった。
しかしこの先,葬式儀式というのも無くなっていくのだろうか。
そう言えば,イタリア人が感心していた事がある。今回の落書き騒動で,日本人が謝罪をした言う事に関して,感心しているそうだ。これが日本人の日本人たるところだろう。とても良い風習だと思う。日本人の落書きは極一部で,殆どが日本人以外の落書きらしいが,この奥ゆかしさが日本人の誇りだろう。
昔の良き日本の風習は,是非残していき,後世に伝えていきたいものだ。
投稿日:2008-07-02 Wed
面白いドラマが始まった。「モンスターペアレント」と言う題名だ。興味があったので,見てみた。
教育委員会の設定は,非常に暗い感じの部屋だが,現実はもっとマシだ。それに人数が少なすぎるのも気になるが,ドラマだから仕方がないだろう。
第1回目のモンスターペアレントは,「確かにいる,いる」だ。息子も一緒に見ていたが,この保護者に対しては文句を言っていた。
弁護士に対して意見をしている教育委員会の指導主事がいたが,我が子に言わせると「どっちの味方や」であるが,彼はどっちの味方でもない。
子どもの事を考えての言葉である。しかし見ている人にとっては,我が子と同じように思っている人が多いのではないだろうか。
モンスターペアレントとは勝ち負けの問題ではないのだ。教師は子どもの事を第一に考えるから,立場が弱くなるのだ。この母親の事がクラスメイトに知れれば,この親の子どもは必ずイジメに遭う。それを教師は懸念する。
指導主事が弁護士に「モンスターペアレントと呼ぶな」と言っていた。確かにそうかも知れない。
イチャモン先生の大阪大学大学院教授の小野田教授も,そう言っている。実は,こう言う保護者が一番学校に近い保護者なのだと言う事だ。
ただ周りが見えないだけなのだ。それが始末が悪い。或る意味,孤独な保護者なのだ。
しかしこのテレビを見ていて,きっとこの「モンスターペアレントの気持ちが解る」と言う視聴者がいるに違いない。そう言う人達に見て貰いたいと思う。「なんでそれがあかんの?」と言う保護者達である。
でもドラマの中で,それを弁護士が諭して行くのだろうが,それで気がついてくれれば良いと思う。
このドラマで「こんなとんでもない親いるんですよ」とい言う事を,面白く表現するだけのものであれば,つまらないドラマだと思う。
学校とは大変なところなんだと知らしめるのもOKだと思うが,教師とは,「どれだけ子ども達の事を考えて行動しているのか」と言う事を解って上げて欲しいと思う。
長年,学校と関わっていて本当にそう思う。仕事が多すぎる。私は教師にならなくて良かったと思うくらいである。
よくやっていると思う。
私が教師なら,何回保護者と喧嘩しているだろう。何回も教育委員会へ呼び戻されて再教育させられているに違いない。いや,その前に保護者を殴って捕まっているか,ケツを捲っているだろう。
実際は,教育委員会や学校が弁護士を雇う事はないだろう。学校へ文句を言いに行くのも良いが,「我が子『だけ』のため」という事でやっていると,他の子ども達が不利益を被っていると言う事を知らなければならない。担任の時間を一人で拘束しているという事は,他の児童は不利益を被っているのだ。そうなると,他の子どもの保護者が,今度は文句を言ってくる。それも学校に・・・だ。残念ながら元凶の保護者には言わないのだ。(勿論,私は直接,保護者に言うが)
最終的には,我が子のためと思っていても,結局は我が子も守れない事になるのだ。
これからのこのドラマ,どう展開するのか楽しみだ。
投稿日:2008-07-01 Tue
個人情報保護法が制定されて久しい。しかしこの過剰反応が弊害を起こしている。学校では連絡網すら作れない状態。しかし住所くらい,もし漏れたとしてどんな被害があるのだろう。精々DMが来るくらいではないだろうか。それでなくても一体どこでどう調べてきたのかDMは来る。
阪神淡路大震災の時でも,被害者がどの病院にいるか教えて貰えず困っている人が多かった。
「○○さんは××病院にいます」と言う一覧表すら出せない状態だった。
たとえば個人の情報で,本人にとって身体的にどうだとか,過去の知られたくない情報を出せと言うのなら,保護すれば良いと思う。
しかし住所録を作るだけの事で,個人情報云々と言うのは如何だろうか。
例えば,我々ボランティアで地域の福祉に携わっている者してみれば,お年寄りの詳しい個人情報は欲しいものだ。
これはお年寄りを守るためにどうしても必要な情報だからである。しかし「そんな事,要らぬお世話だ」と言われれば強

