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■プロフィール

オッチャン先生:山下重喜

Author:オッチャン先生:山下重喜
小学校でのPTAの役員を機に現在に至るまで地域の子ども達の育成に関わっている。また「おやじの会」を発足し「地域の子どもは地域で育てる」活動をしている。平成18年に発足した「日本おやじの会連絡会」で全国のおやじの会の情報交換の場としてホームページを開設,全国おやじサミットの支援やネットワーク作りをしている。
現在は毎日小学生新聞の親と子の悩み相談コーナー「悩みなんか吹き飛ばせ!」で「オッチャン先生」の名で回答中。

元松陽小学校PTA会長(H13・H16)
元樫原中学校PTA会長(H17・H19)
松陽オヤジの会初代会長
日本「おやじの会」連絡会事務局長
京都市PTA連絡協議会IT委員会委員
松陽学区社会福祉協議会会長
西京区社会福祉協議会評議員
史跡 天皇の杜古墳保存会副会長
桂病院治験委員会委員
社会福祉法人京都社会事業団第三者機関委員
1953年生,京都市在住,高校1年生
の息子1人との父子家庭

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儀式
水曜日,叔父の告別式があった。20年間ほど寝たっきりだった。
元々は京都府警の交通課警部で,鬼警部だった。
私が学生時代にスピード違反で捕まった。即免停の40キロオーバーだった。検察庁で裁判を受けて確か罰金60000円を払った覚えがある。
この当時,警官の身内や知り合いの違反は,揉み消しがまかり通っていた時代だった。しかしこの叔父は揉み消しするどころか,叔父には黙っていたのに,どこで解ったのか知らないが,突然呼び出されて大目玉を食らった。
「今度,どんな小さな違反でもしたら免許取り消しか,取り上げにするからな!」だった。当時は学生の事故死が多かったので無理もないかなぁ,と思ったものだ。

まだ私がサラリーマンをしていた時,仕事の最中,府警の前を通ったので寄ってみた。昼時だったので叔父と食事に出たら,向こうから怖そうな男の集団が歩いてきた。どこからどう見てもヤクザである。その連中が叔父とすれ違うときに腰を低くして挨拶をした。聞くと○暴(暴力団担当)の刑事だった。
「あのくらいの人間が担当せんと,暴力団を相手に出来ひんのや」・・・・成る程と納得。

それが寝たきりになってから,急に弱くなって・・・。見ているだけで涙が出て来たものだった。
先週金曜日に様態が変わり,日曜日に亡くなった。
私の父親が昨年の10月に亡くなっているので,「もうええ加減に人に迷惑かけないでこっちに来いよ」と呼びに来たのだろうかとみんな言っていた。
こう言う事に対しては,全く無頓着な私は「そんな事あるわけないやろ」と黙って聞いていた。

で,告別式が終わると,火葬場へ行って収骨し,そのあと,また葬儀場へ帰ってきたら,直ぐに初七日法要に入った。
折角皆さん集まっているので,ついでに行うと言うのが,今の流行らしい。
しかし気持ち的には,複雑だ。

葬式というのは形骸化してきているのだろうか。今の仏教は葬式仏教と言われる。田舎に行くとお寺と檀徒の関係が深いが,都会では,お寺を使うときは葬式の時くらいだろう。その葬儀も,結局形だけになってきたのだろうか。
父親の時は,初七日は7日後にやった。
それも形だと言えば形だが,昔からの形だからそうれはそれでOKだと思う。しかしそれも世につれて変わっていくのだろう。
最近は,お寺もお布施が少なくなって,維持するのが大変だそうだ。

そう言えば,小学生の頃,近所のお寺の境内で遊んで,たまに本堂へ上げられて,貰ったお菓子を食べながら住職にお話を聞くと言う環境で育った我々は,知らず知らずの内に「親孝行しいや」とか「悪い事をしたら地獄へ行くから悪さはするなよ」という事を教えられたものだった。
今はそう言う環境は少ない。

昔,親戚が亡くなれば,初七日,四十九日,新盆,1周忌と,その都度,法事としてあった。
しかしこの先,葬式儀式というのも無くなっていくのだろうか。

そう言えば,イタリア人が感心していた事がある。今回の落書き騒動で,日本人が謝罪をした言う事に関して,感心しているそうだ。これが日本人の日本人たるところだろう。とても良い風習だと思う。日本人の落書きは極一部で,殆どが日本人以外の落書きらしいが,この奥ゆかしさが日本人の誇りだろう。
昔の良き日本の風習は,是非残していき,後世に伝えていきたいものだ。



子育て・家庭・学校 | 00:58:02