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■プロフィール

オッチャン先生:山下重喜

Author:オッチャン先生:山下重喜
小学校でのPTAの役員を機に現在に至るまで地域の子ども達の育成に関わっている。また「おやじの会」を発足し「地域の子どもは地域で育てる」活動をしている。平成18年に発足した「日本おやじの会連絡会」で全国のおやじの会の情報交換の場としてホームページを開設,全国おやじサミットの支援やネットワーク作りをしている。
現在は毎日小学生新聞の親と子の悩み相談コーナー「悩みなんか吹き飛ばせ!」で「オッチャン先生」の名で回答中。

元松陽小学校PTA会長(H13・H16)
元樫原中学校PTA会長(H17・H19)
松陽オヤジの会初代会長
日本「おやじの会」連絡会事務局長
京都市PTA連絡協議会IT委員会委員
松陽学区社会福祉協議会会長
西京区社会福祉協議会評議員
史跡 天皇の杜古墳保存会副会長
桂病院治験委員会委員
社会福祉法人京都社会事業団第三者機関委員
1953年生,京都市在住,高校1年生
の息子1人との父子家庭

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もう凹みまくる日々
今日,我が子と我が子の友達3人,計4人を連れて,スプリングス日吉へ行った。子どもの頃から一緒に色々と遊びに連れて行っていたので,4人とも高校1年生だが,私と一緒でも抵抗がないようである。
普通ならこの年ともなると子どもは親を鬱陶しがるのだが,この子達みんなが「おっちゃん,行こう」と言ってくれる。
嬉しいものだ。
こういう子ども達が他にもいる。嬉しいものだ。

松陽オヤジの会も,新しい人が増え活気が出てきた。
しかし我々古株は,少し間を開けて接していると,なんだか寂しさも出てくるようになった。
そこで,古株メンバーで昔のようにキャンプでも行こうかという話になった。
オヤジの会の発足時は,良く子ども達を連れてキャンプや旅行をしたものだった。
今度は,子ども抜きで行こうかとも・・・。
高校生ともなれば付いてもこないだろうと思うが,ひょっとしたら一緒に来るというかも。
そういう意味では,オヤジ達は嬉しいだろう。

昨日は2代目会長と二人でそう言う話で盛り上がり,少しは前回のデータバックアップの消失で落ち込んでいた気持ちも解消したのだったが・・・。
ところが・・・。
スプリングス日吉の帰りに,高速代をケチったばかりに,スピード違反で捕まってしまった。
今日,初めて知ったが,パトカーの屋根の上に「後ろ向き」に電波を発射する装置があるそうだ。だから前方に止まっているパトカーを追い越し様,サイレンを鳴らして追いかけてきた。まさか自分とは思わなかった・・・が自分だった。
こんなの詐欺だ。
それもステルスと言ってスピードガンのようなもので,常に電波が出ているわけではなく狙い撃ちである。
ほんとにトホホである。

しかしどう考えても直線コースで,60キロで充分に走れると思われる道路を50キロ制限しているのは,どうも納得がいかない。(それでも12キロのオーバーだが)

市内の道路でも「60キロで走れるだろう」と思える道路も多い。60キロなら道路標識はいらない。50キロと60キロ。この10キロの差はなんだのだろう。
徐行道路とが20キロ,30キロと言われるところは,それなりに標識は必要だと思う。
しかし50キロの標識って,本当に必要なのだろうか。
これを無くせば,相当の国の経費が減ると思うが。

とまぁ,どうみても違反した人間の遠吠だ。
あ〜〜,もう本当に凹んでしまう。
「貧すれば鈍する」と言うが,まさにそうだ。
もう引きこもりになってやる。
あ〜倦怠感が・・・倦怠感が・・・身を包む。

子育て・家庭・学校 | 21:21:45
立直れない
ノートPCが壊れたので修理に出した。修理に出す前にバックアップを取っておいた。で、やっと昨日返ってきた。2週間以上かかった。
修理箇所をみた時、ちょっと血の気が引いた。
色々と部品交換してあったが、その一つにDVDドライブの交換とあった。
不吉な予感は的中した。
いざ、バックアップしたデータを戻そうと思ったら・・・出来ない!
保存されていなかったのだ。
壊れたドライブで保存しても出来るわけはない。
CD-Rには、しっかりと保存された形跡が残っている。しかし読み出せない。
最悪のケース。
何が凹むと言っても、400字詰め原稿用紙300枚を超える論文が消えたのが最悪!
1年かけて書いたデータが、全部飛んだ。
暫くは立直れない・・・。

子育て・家庭・学校 | 11:02:34
北京オリンピックを通して見えたもの
北京オリンピックが終わった。日本もよく頑張ったものだ。メダルの数こそアテネより少ないが,感動したシーンが多くあった。
しかし中国の国民性なのか,不愉快な気分になった場面もあった。バトミントンやバレーボールの試合の時にサーブ権を日本が取ると,中国側のオーディエンスからブーイングが起こった。日本もかつて東京でオリンピックがあった。その時は,こんな事はなかった。
オリンピック参加のスポーツマンが,スポーツマンシップに則って戦っているのに,応援している人間が応援のフェアプレーが出来ないようでは困ったものだ。
国民性の低さが伺えた。同じアジア人として一緒にして欲しくないと思った。

またコンパニオンの女性達は,容姿端麗な女性を集めたそうだ。国内からも批判があったようだが,そんな事はおかまいなしだ。いつもニコニコとしていたが,何か不自然さを感じた。
オープニングの様子もCGを取り混ぜて行ったようだ。
まぁ,これも一つの演出でありショーだと思えば,問題はない。
しかし一番腹が立ったのは,女の子が歌った歌が他人の歌の口パクだったと言う事だ。最初,口パクと聞いた時,本人が予め歌を録音して,それを口パクで歌っていたと思った。これなら何ら問題はない。
ところが,別人が歌った歌を,この女の子が口パクで歌っていた。
これには呆れた。
この歌を歌った本人は,相当傷ついているらしい。こっちで言えばリストカット的な事までやったそうだ。
確かに,この歌を歌った女の子と,口パクをした女の子を比べれば,口パクの女の子の方が格段に可愛い。しかしこんな事を国がやって良いのか。

私は今回のオリンピックは,中国国内の多くの人の犠牲の上に成り立っていると思った。オリンピック観戦が出来る人は,人間的にはどうかと思うが富裕層だ。
中国は,地方に言えばまだまだ貧しい。そう言う人達を切り捨てた政治を行っているように思えた。そんな国に,オリンピックを開催する資格があるだろうか。
あの競技場の周りだけ,近代的な都市になっている。その場所も,ついこの間までは,トイレすら整備されていなかった。
そんな付け焼き刃の都市建設で「これが中国です」と言っても誰が信じるだろう。
資本主義国家なのか共産主義国家なのか,中途半端な国家である。言論の自由も集会の自由もない様に思える。現に自分達の窮状を訴えるために来た地方の人達は拘束されている。

このオリンピックを通して,中国の「陰」の部分が見えたような気がした。

子育て・家庭・学校 | 17:36:42
人のために・・・
青梅市で中学生等が,知的障害者に対して恐喝や暴力をふるったと言う記事が出ていた。敢えて自分たちより弱そうな人間を選んだとか。
また信頼の上で成り立ているETCも,強行突破の被害額が6億を超えているそうだ。

私がまだ小学生の頃は,田舎へ行けば,誰も鍵を閉めずに家を空けていたものだ。これが日本人の良いところではなかったのだろうか。
三丁目の夕日のような,また寅さんのような,人情味あふれる日本は,どこへ行ったのだろう。

確かに,まだ田舎へ行けば,無人の野菜売り場があって,ちゃんとお金を入れて品物を持って行く人達もいる。
自動販売機も人々の信頼の上で成り立っている。なのに自動販売機荒らしがいる。

文明が進歩すると,人々の心は殺伐としていくのだろうか。殺伐とした社会になるのだろうか。
「人を見たら泥棒と思え」と言う言葉が,もう現実として生きている。昔は,こう言う言葉があっても,極一部だった。

ところが今は「人を見たら殺人魔と思え」と言われるくらい通り魔が多い。
今日も愛知県で下校中の女子中学生が,前から来た男にいきなり頭を殴られ,髪の毛を切られている。

人間の心に歪みが来ている。そう言う人間が増えている。
子ども達の中には,この情報社会の中で,必要以外の情報まで取り込み,それが頭の中で整理出来ず消化不良を起こし,心の安まる場所さえ無くして夜の町を徘徊する。
そんな心の拠り所,体の拠り所を失った子どもは,将来どうなるのだろう。
また闇にその身を置こうとしている子ども達を見て,さも解ったように「そう言う子どもは愛情不足なんですよ」と評論して,如何にもその子ども達が可哀想だと言うような事を言う。

勿論,そうだと思う。その責任は大人にある。しかし愛情を受ける事ばかり考えているから挫折もし,人を信じる事も出来ず,社会を斜めに見てしまうのだ。
そう言う子ども達には,人を愛する心を教えなくてはいけない。人を慈しむ心が出れば,自分の身の置き場が解ってくるのだ。
人に頼りにされる事が,どれほど素晴らしい事なのかを解らせなくてはいけない。

アメリカには,少年院に入っている子ども達に,犬の世話をさせて更生させている施設がある。退院後の再犯率はゼロだとか。
愛情の薄い子ども達は,養護老人ホームだとか,子どもの施設でボランティアをさせれば良い。お年寄りは,その本人を頼りにする。子ども達は「お兄ちゃん,お兄ちゃん」と懐いてくる。これが大事なのだ。
自分が頼りにされていると思わせる事が大事である。
そうすれば自分のためにではなく,人のために生きていくんだと言う気持ちが湧いてくるだろう。自殺をする子ども達もそうだ。自分のために生きようとするから,目的を無くすと死ぬ事になる。人のために生きようという心を持たせない限り,心に闇を持った子ども達や,自殺をする子ども達を無くす事は出来ないだろう。
大人の務めはここにあるのではないだろうか。

子育て・家庭・学校 | 18:35:36
自覚のない母
埼玉県で3人の子ども育児放棄をして,一人を死亡,一人を脱水症状におとしめた愚かな母親の公判が昨日あった。
内容を読んでいたら涙が出た。
「検察側は冒頭陳述などで、島村被告は2月、双子の父親で名古屋に単身赴任中だった内縁の夫とは別に、近くの居酒屋店員と交際を開始。店員と2人で近くに借りたマンションで同棲したいと考えるようになり、3月3日ごろ、『ママはもう戻らない。後はよろしく。(妹と弟の)面倒見てね。おなかがすいたら電話をかけて』と言い残し、子どもを置き去りにしてマンションに移り住んだ」との事。
この母親は30歳だ。相手のだ。バカの一言だ。このバカなとの間に子どもが出来る前に捕まって良かった。また子どもの悲劇が起こるところだった。
所詮,母親ではなくタダのだった。相手のも愚かなの色香に引っかけられ,惚けたタダの愚かなだ。このも共犯だ。子どもを引き取るなりなんなりすれば良いものを,それをしていない。

また「事件当時6歳だった長男が1日数十回、『弟や妹が泣いている』と電話で助けを求めたが、島村被告はせいぜい1日1〜2回、子どもたちのいる祖父母宅の玄関先に行って、ハンバーガーやパンなどの出来合いの食べ物を長男に渡すだけで、おむつ交換などをしなかったと指摘。児童相談所職員などとの面会も拒み続け、『20歳前半から育児に追われていたので、一人のとして自由になりたい」と供述した』と言う」

なんと愚かな話だろうか。犬畜生でも,我が子をかばう。必死になって育てようとするのに,これが人間のする事か。

この後の,長男の供述に涙が止まらなかった。
「『ママが作ったシチューやカレーが大好き』という長男母親が去った感想を検察官が聞くと『我慢できなかった。さびしかったよ。何度も電話したけど全然出ない』と答えたという。
ゴミが散乱する部屋で出来合いのパンやハンバーガー、お菓子を買い与えられる日々。『残っていたご飯を食べようとしたら腐っていた。冷蔵庫もないから』。当時2歳の妹と弟を一生懸命笑わせようとしたが、長が笑っても、『弟(健太ちゃん・栄養失調で死亡)はずっと泣いていた』という。 」

この後が,この愚かな母親を許す事は出来ないと思った。
「健太ちゃんの死を目の前にした島村被告は『お前はクビだ』と長男を平手で一発たたいたという。」
どれだけこの長男は頑張った事か・・・。

「それでも長男は『本当に全部ボクが悪い。面倒みろと言われていたのに、全然お菓子とかあげないで』と母親をかばったという。 」
子どもにとっては,どんな親でも親なんだな・・・。
自分で面倒みれないのなら,施設に預けろよ。どうして育児放棄をする?
子どもの気持ちを裏切ってどうする。
こんな親,死刑に値するが,そうなると,やはりこの長男母親の助命を行うだろうなぁ。心の優しい子どもだ。でもこの子の心の傷は,これから先,癒されるまで相当の時間が必要だろう。
弟が死んだのは自分の責任と思って,その重い荷物を背負って生きていくだろう。子育てが出来なのなら,どうして子供を作るのか。下半身の緩い節操のないだと言う事しかない。快楽の後の副産物としか,子どもを見ていないのだろう。

こんな悲しい事件はない。朝から重い気分になった。


子育て・家庭・学校 | 10:29:22
馬路村
17日から2泊3日で馬路に行ってきた。2日間,子ども達と交流したり,地元のPTAの方達と交流した。
子ども達は,中には腕白坊主もいるが,それでも心の優しい子ども達ばかりだった。ピュアさを感じた。本当に自然しかないだが,心休まるだ。名誉民の手続きもしてきた。
一度は破産しかけただが,今ではゆずを使ったジュース「ゴックン馬路」の拡販で,裕福なになった。他にゆずを使った製品や,廃材を使った工芸品なども沢山あった。

子ども達は,一応に夢を持っているので感心した。小学校1年生から6年生までの子ども達と交流した。全校生徒でも40名足らずの小学校だ。
将来はグルメレポーターになりたいと言っていた一番の腕白坊主だったが,これがまたシャイで,優しい子どもだった。
また考古学者になりと言っていた小学校4年くらいの男の子がいた。その子が「将来,考古学者になりたいって親に言っちょったら『考古学者では,食べて行けんきにダメ』って言われたきに」なんて暗く言っていた。思わずなんと現実的な親だと笑ってしまった。
「そんなことないよ。「何でもスペシャリストになれば生活出来で。吉作治先生もエジプトの考古学の権威者で,十分生活出来ているやん。有名になればテレビにも出られるし講演も出来るし,それでお金が貰えるやん」と言うのが精一杯だった。
こう言う純朴な子ども達が都会へ出て,荒波の揉まれ挫折して古里に帰る事の無いようにしなければならないと思った。

また18日の夜は,馬路学校のPTA会長と役員さんのお母さんに会った。教育委員会の女性も一緒だった。
感じた事は,学校の規模や町の規模に関係なく,悩みは同じであり,問題も同じだと言う事だった。
またどんなところにも熱いおやじさん,お母さんがいるなと思った。とても有意義な話だった。
是非とも京都と馬路の交流を図りたいものだ。
恐らく,近々,馬路から京都へ来られるだろう。受け入れ体制は万全を期してお迎えしたいと思っている。
熱い人は大好きだ。

年に1回は,命の洗濯に行きたい場所だ。料理も美味いし,自然も多いし,人々も素晴らしい。この先,合併することなく,いつまでも馬路でいて欲しいと思うのは,余所の者の勝手な考えだろうか。
2泊3日で出会った子ども達と人々に感謝感謝である。

子育て・家庭・学校 | 10:38:15
夏も終わり
京都の夏は祇園祭で始まり,五山の送り火で終わると言われている。
今日,京都は午後から雨が降ったが,送り火の時には上がって,予定通り午後8時の大文字点火に始まり,順次,点火されて行った。
京都の夏の風物詩である。

私の家からは何も見えない。しかしここへ越してきた40年前は,周りは全て田んぼで,障害物がないため大文字と鳥居がくっきりと見えた。
嵐山まで行くと「鳥居」形の送り火がデカデカと見える。
近所の病院の屋上へ上がると,大文字,左大文字が見える。
北白川の某コーヒーショップ&レストランの屋上に上がれば,全てが見える。1回だけ上がった事がある。
盆前は,ペルセウス座の流星群を見て,今日は送り火と,私にとっての夏の風物詩だ。

若い頃は,五山の送り火を見るために市内へ出たが,もうあの人混みはゴメンだ。テレビで実況中継をしているので,それで十分。我が息子は,友達と見に行った。

これから一気に涼しくなってくれれば良いのだが,残暑が厳しいだろうなぁ。
さて,明日から19日まで,高知県の馬路に行く。子ども達やおやじさん達との交流だ。
馬路は一時,破産しかけただったが,今では裕福なになっている。
人達の並々ならぬ努力があったと思う。
2泊3日だが,地元の人達との交流を深めてきたい。

子育て・家庭・学校 | 11:55:41
お盆
最近,頓にブログ更新が滞っている。
疲れているなぁ。

だ。
今年は,父親の新に当たる。
明日は墓が込むと思って,今日,墓参りに行ってきた。
供養は,明日,おで行う。
こう言う儀式というのは,形だけと言えば形だけだろうが,ご住職に聞くとそれなりに意味がある。
欧米では,こう言ったおのような風習があるかどうかは知らない。

16日は藪入りだ。
昔,奉公勤めをしてる人が,親元に帰る日だ。
正月とお
日本古来の風習だと思う。欧米ではクリスマスが大事な行事なのだろうが,日本では宗教色はあまりない。

高速道路も交通機関も混雑するが,人々は帰省する。田舎のある人が羨ましい。
こんなに大変な思いをしても帰省をするのは,やはり古里の魅力だろうなぁ。

16日は大文字だ。
正確には五山の送り火
大文字は空海が疫病退散を願って護摩を焚いた事が始まりらしい。大の字は人を表している。
大文字は,如意ヶ嶽の大文字が金閣の池に映って反対の大文字(ハネが左が長いので左大文字)が大文字山に出来たと言われている。
鳥居は神様を,妙法は仏様を意味し,神を信じる人も仏を信じる人も,みんな一緒に船(舟形)に乗って,黄泉の国に帰りましょうと言う事だ。
つまり死ねば,人間裏表(大文字,左大文字)ある人も,金持ちも貧乏人も,健康な人も病気の人も分け隔て無く,平等な世界なんですよと言う事である。
これが現実の世界でも,そうならなければいけないと言う意味が,五山の送り火には含まれていると思う。

は,先祖の霊を心静かに向かい入れ,そして来年,またお会いしましょうと送り火とともに送り返す大事な行事である。お墓を掃除すると,不思議と心が安まる。
日本古来の風習,大事にしたいものだ。



子育て・家庭・学校 | 22:01:55
不登校
中学生の不登校の割合が34人に1人と言う結果がでたようだ。(読売新聞より)
2年連続で最高割合を更新とか。保健室登校も増えているようだ。
全国で105,328人の子ども不登校との事。
ちなみに小学生は23,926人。

原因として「人間関係をうまく構築出来ない児童,生徒が増えている」「家庭教育力の低下」が上げられているようだ。また「欠席を容認する保護者の意識変化」など,家庭の要因を指摘する回答が多かったとか。

私の子どもの頃は,少々熱があっても学校へ行かされた。
体育でも,自分の嫌な種目がある時は,学校を休みたかったが,そんなずる休みをしようものなら大変だった。
から,玄関から外へ鞄と体を放り投げられた。
我が子に対してもそうしている。よほどの体調不良以外は休ませない。まぁ,お陰様で我が子は学校大好き人間だったので良かったが。これは高校生の今も同じである。

子どもが人間関係を構築出来ないのは,ズバリの責任である。子どもが小さい時に,近所で井戸端会議でもやって,その時に子ども子どもで遊ばせると言う事とすればいいのだ。もし近所にそう言う人達がいなければ,そう言う環境へ行けば良い。

我が学区は,民生児童委員協議会と我が社会福祉協議会で,週1回,児童館で「たんぽぽ広場」を開催している。参加人数は30名から40名くらい。これは未就学児のお母さんの集まりの会で,ここで色々と子育ての情報交換や悩みを聞いて貰う場だ。基本的には,子での遊びを推進するのだが,殆どが我が子はスタッフに預け,お母さん達が井戸端会議をしている。勿論,それで良いのだ。子ども子どもで,子ども同士で遊んでいる。
ゼロ歳児から保育園・幼稚園へ上がるまでの子だ。
ここで子ども達が人間関係を上手く構築出来れば,幼稚園に行っても問題なく行ってくれる。よく見かけるのが,母から離れない子どもだ。それを突き放せない母がいるが,いつまでもそのままなら,その子どもは人間関係の構築が出来ず,不登校になるだろう。大きくなればニートだ。
子ども不登校になる原因を,学校や外に求めている限り,その子はいつまでも自立出来ないだろう。

かといって,甘やかしてはいけないと言う事で,虐待と紙一重の過度な教育もいけない。
今年上半期,162件もあったそうだ。しかしこれは表に出たものだけで,出ていないものも含めると相当の数があると思う。
内訳は身体的虐待が116件,性的虐待が34件,ネグレクトが12件(この中には餓死もあった)。
驚いたのは,性的虐待だ。畜生と一緒だ。馬鹿なもいるものだ。動物園にでも放り込んで,晒し者にしてやれば良い。

たんぽぽ広場のような情報を取るにはどうすればよいか。それは自治会に入る事である。そうして回覧板を回して貰えれば書いてある。が世間との交わりを拒否する限り,子どもも同じような事になるだろう。
繰り返すが,不登校の原因を作っているのは,自身である(子どもが病気で不登校なのは別である)。がPTA活動に参加したり,地域の行事に参加している子ども不登校はいない。(少なくとも私の周りでは)。
先ずから近所つきあいを始めたらどうだろうか。






子育て・家庭・学校 | 09:55:36
父親殺人事件
先に中学生の女子生徒が父を刺殺した事件があった。
今日の新聞に,成績が落ちた事でに叱られるから,知られる前に殺したと出ていた。
私も成績が悪くて,通知表をに知られたら叱られると言う恐怖感を持った事がある。そのときはどうしたかと言うと,家出した。また或る時は,遅くまで家に帰らなかったりした。
を殺そうなんて言う事は,考えもしなかった。
たったこれだけの事で,短絡的に,それも自分のを殺すと言う発想が理解できない。相当厳しい家庭だったのだろうか。

は叱るだけが教育ではない。まして両が揃っているのなら,「厳しい父」「慈しみの母」であって良いはずだ。
それが子育て分業ではないだろうか。
もしこれが両共に厳しいのであれば,子どもとして逃げ場がない。

またこの少女は「人の顔色を見ながら,友達に嫌われないように生きていくのに疲れた。事件の数週間前からすべてを終わりにしたいと考えていた」とも話している。
よほど人付き合いに苦痛を感じていたのだろう。
最近の子ども達は,群れて遊ぶと言う事がない。だから人とのコミュニケーションの取り方が解らないのだろう。特に,小さい時から学校と塾の往復で,勉強勉強で生活していると,益々人との付き合い方が解らなくなる。
気楽に付き合えばいいものを,余計な神経を使ってしんどい思いをしてしまうのではないだろうか。

最近,家庭教育力の低下が良く言われる。
世間では勝ち組,負け組を言われる。そんな社会の中で,他人とコミュニケーションを取ると言うより,勝つための競争を強いられている。周囲は全てライバルと言う中で生きてくると,人との付き合いは苦痛となるのかも知れない。

家庭は,大人も子どももくつろげる場所である。その場所で,子ども達がくつろげなければ,さぞやしんどい事だろう。
子どもも学校で結構精神的に苦労しているのかも知れない。
は外へ出ると7人の敵がいると言うが,案外子どもにもそう言うものがあるかも知れない。そう思って,家庭内で我が子には接して欲しいものだ。

子育て・家庭・学校 | 11:42:15
人付き合いの大切さ
今の社会,自分は自分,他人は他人という割り切った考え方が,家庭の中でも地域でも起こり始めているように思う。昔,隣近所の人々が地域で過ごした喜怒哀楽の時間はどこへ行ったのだろう。
我々は家庭や地域で共に過ごす事の大切さを忘れてしまったのではないだろうか。
発展した現代社会では,近所地域の絆を通り戻す事は難しいかも知れない。

今,我々は「失われた時」を取り戻そうとしつつも,新たな時代に即した,お互いが語り合い,心を通わせる近所地域の活性化を作り出そうとしているかも知れない。

近頃の若い世代に人々に人付き合いの苦手な人が多いのは何故だろう。
生まれた時から物質的には恵まれた環境にあり,何不自由なく育ってきた。ところが反面,何から何まで競争させられる中で,他人を思いやり,弱い立場にある人を助ける事よりも,常に勝者になるための訓練に専念させられて来たのではないだろうか。
また核家族の中で,異なる年代や世代の人々とあまり接することなく育ち,幼い頃からテレビゲームなどの一人遊びが多かった。
その結果,いざ他人と接する場合に,その距離感の測り方が解らない,思いやりや想像力と言った教科は学校にはないが,人間形成段階に応じて,さまざまな人々と関わっていくうちに自然に体得できる,人として生きる上での真の意味での知恵でしょう。

ここ数年の間に次々とベストセラーになった本に,人付き合いのコツや心の持ち方などを取り上げたものが多い事を見ても,人付き合いにまつわる,様々な悩みや苦労は世界に共通なものだと改めて思う。
これは人と人との繋がりが希薄だと言われる今も,そして社会がより複雑化するであろうこれからも,絶える事はないだろう。
付き合いは微妙な心の綱引きだ。これはと思う人に出会ったら,ぐぐっとたぐり寄せて親密に,ちょっと苦手な人に対しては,するすると綱を緩めて上手に距離を置いたり,かわしたり,調節する事が大事だ。
人間関係というものは,自分と相手があって初めて成り立つ。快適な人間関係の中でこそ,人は成長し,能力を存分に発揮でき輝く事が出来るのではないだろうか。

子育て・家庭・学校 | 14:40:56
原爆の日
昭和20年8月6日,午前8時15分,広島に世界で初めて原子爆弾が投下された。テレビで広島の若者にインタビューしていた。
「1945年8月6日は何の日ですか?」の問いに,「知らない」「ピンとこない」と言ってた。勿論,テレビの事だから,こう言う回答をする人を放送するつもりだろうから,番組の趣旨に従って制作されたと思う。
しかし例え一人二人にしても,広島に住んでいるのなら,忘れてはいけない日だろう。

私も今年2月,生まれて初めて広島の原爆ドームを訪れた。この日,猛吹雪だった。原爆を投下された日は,猛暑だったろう。
その夏の暑い日に,もう一つの太陽が爆発したのだ。
漫画「はだしのゲン」・・・。
私の世代は,結構多く読まれているのではないだろうか。
被爆した作者が主人公として書かれている。

私は,以前は日本も核を持つべきだと思っていた。
それがアジアの均衡を保たれると思っていた。あまりにも日本は弱い。中国にも北朝鮮にもはっきりとものが言えない。
北朝鮮のように,核を持っていると言うだけで,わがままのし放題。ゴテ得やり放題。
こんなの許されるわけがない。なのに許されている現状。

しかしこう言う兵器を持つ事で,世界の均衡を保とうというのは間違いだ。例え使わなくても持つのはダメだ。
これは世界で唯一,被爆国の日本が,シツコク未来永劫に世界へ向けて語り継いで行かなくてはいけない使命があると思う。
使わないのなら,必要のない核である。どうして放棄しないのだろう。
人間同士,信じ合えないからだろう。
信じ合えるためには何が必要なのか。
それをサミットで話し合えばいいのではないだろうか。

日本人として忘れてはいけない事が沢山ある。その一つとして日本人としてのプライドだ。今の若い人達は,あまりにも日本人としての誇りがなさ過ぎる。
私は京都人と言う事にすら,誇りを持っている。
「関西人」で一括りにしてくれるなと思うくらいである。

誇りがあるからこそ,軽率な行動が取れなくなる。日本人としての誇りがあれば,海外に行って落書きをすると言う事はなくなるはずだ。

原爆の日,広島と長崎の悲惨さは,忘れてはいけない。これを持ち続ける事が,日本人の誇りだと思う。アメリカ人は,原爆投下によって戦争が終わらせたとうそぶいている。また原爆投下したパイロットは英雄だ。
これに対して,日本人として怒りを覚えなければならない。しかし誇りがなければ,怒りも生まれない。本当に原爆投下で戦争が終わったと思う日本人もいるかも知れない。

私は広島を訪れて良かったと思う。原爆ドーム,資料館を見て本当に良かった。アメリカに対しての怒りが生まれたわけではないが,原爆を経済や自由の取引の手段にしている国に対しては腹が立つ。

宇宙から見た地球は青く素晴らし星だ。その星を,自らの手で汚す事だけはしてはいけない。

子育て・家庭・学校 | 13:31:44
北京とオリンピック
最近,本を書いているので,なかなかブログまで書く気力がないなぁ。困ったものだ。
さて,北京のオリンピックは,国民の犠牲の上に成り立っているのかと思う事が多い。毎日と言っていいほど,国民の嘆きがニュースやワイドショーで放送されている。
村人達が抗議に来れば,弾圧をし隔離する。
邪魔だと言っては,勝手に家を破壊する。
これではテロが起こっても仕方がない。
国民性は,お世辞にでも良いとは言えない。マナーは悪い。そんな国家が,世界の人達を集めるオリンピックを開催する資格があるのだろうか。
警官が新聞記者をも拘束して暴行しているのが現状だ。そんな事は,文明国では,絶対に起こりえない。テロが起こった後で,仲間が殺された為,みんな気持ちが高ぶっていたからと説明しているが,とんでもない話だ。
国から取材許可を貰っている記者達なのに・・・。

やはり中国は外へ目を向ける前に,もっと国内に目を向けないとダメだ。まだまだ世界に誇れる国民性と国家ではないと思う。
共産主義なのか資本主義なのか解らない中途半端な国家だ。上は経済的に発展していても,下からの国民の声は,全く聞かない。
それではあまりにも国民が可哀想だ。
言論の自由もないし,臭いものには直ぐに蓋をしたがる。都合の悪い事は,報道の自由もない。

そんな中で,どうやってオリンピックを開催するのだろう。
横断幕の応援もダメ,鳴り物もダメ,同じ服装もダメと言う,ダメダメ五輪で,何が楽しいのだろう。オリンピックは,或る意味,お祭りだ。そのお祭りが全く楽しいものでなくなれば,もう二度と中国ではオリンピックを開催したくないと思うだろう。
「郷に入っては郷に従え」と言うが,こんな窮屈なオリンピックなら行きたくもなくなる。

国民を犠牲にしてのオリンピック開催は,果たして中国にとって本当に意味があるのだろうか。


子育て・家庭・学校 | 23:35:59
会長会
今晩,17年度の中学校支部PTA会長会長会をした。
勿論,OB会だ。
義務教育,小中9年間で4回PTA会長をしたが,その年度年度で,色んなカラーがある。類は友を呼ぶと言うが,私の時の本部,また支部会長は繋がりが強い。
折角知り合ったメンバーである。その縁を大事にしたいと思う。
お陰様でみんなそう思っている。
私は,個人的にはPTAの役員をお願いされたら素直に受けるべきだと思う。自分の世界を広げるのに良い機会だから。それを断るのは,本当に勿体ないと思う。
知らない事は自分の人生を貧しいもにする。

ゲストに市教委の首席主事を招いた。これまた教育委員会らしくない首席主事なので好きだ。良く飲みにも行く。
昔は学生運動の活動家であり,卒業後,バーテンダーとして仕事に就き,或る事を境に教員を目指し,再度,大学の通信教育を受け,教職員資格を取って市教委に採用されたと言う,アウトサイダー的な人で,私が好きになるタイプの人だ。
人間,こうでなくてはならない。
特に教師は,色々な事を経験して教師になる事がベストだと思う。もう一人,元市教委の首席主事で今,或る小学校の校長で現場に出ている人がいるが,この人も,やはり同じような形で教師になっている。
この校長は私の大学の先輩で仲が良い。

思うのだが,新採の教師は,教師になる前に民間企業で研修を受ければ良いと思う。そうでないと世間知らずの頭でっかちの教師が出来ると思う。
そう言う事で,市教委は頭でっかちの受験生は採用しない。

採用試験で素晴らしい点を取った人間と,講師で現場で頑張って,忙しい中,一生懸命勉強して,或る程度点数を取った人間とでは,後者の講師を採用するらしい。
だから京都市の場合は,なかなか質の良い教師が多い。勿論,ダメ教師もいるが他府県に比べると少ないと信じたい。

年に何回か,こう言う飲み会を行う。
実は,この会長会,男性が2人の女性が6人なのだ。考えてみれば,私の今までの本部も,女性が多い。私は独身だか,今更,結婚はしようとも思わないが,その一つの理由として,女性のお茶飲み友達がいるからだろう。
それで十分だ。
小学校の本部と言い,中学校の本部と言い,たまに飲み会行く本部役員が多くて嬉しい。殆どが女性だけど,これがまた女性と思えないので,付き合いが長く続くのだろうなぁ。

一期一会と言う言葉があるが,折角一緒に本部をした人達だから,大切にしたいしずっとお付き合いしていきたいと思っている。

PTAの役員は,やるべきだと思う。




子育て・家庭・学校 | 00:49:25