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オッチャン先生:山下重喜

Author:オッチャン先生:山下重喜
小学校でのPTAの役員を機に現在に至るまで地域の子ども達の育成に関わっている。また「おやじの会」を発足し「地域の子どもは地域で育てる」活動をしている。平成18年に発足した「日本おやじの会連絡会」で全国のおやじの会の情報交換の場としてホームページを開設,全国おやじサミットの支援やネットワーク作りをしている。
現在は毎日小学生新聞の親と子の悩み相談コーナー「悩みなんか吹き飛ばせ!」で「オッチャン先生」の名で回答中。

元松陽小学校PTA会長(H13・H16)
元樫原中学校PTA会長(H17・H19)
松陽オヤジの会初代会長
松陽小学校評議委員
樫原中学校評議委員
日本「おやじの会」連絡会事務局長
松陽学区社会福祉協議会会長
西京区社会福祉協議会評議員
史跡 天皇の杜古墳保存会副会長
松陽自治連合会理事
西京区住民円卓会議委員
桂病院治験委員会委員
社会福祉法人京都社会事業団第三者機関委員
1953年生,京都市在住,高校2年生
の息子1人との父子家庭

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死刑に犯罪の抑止力はあるか?
亀井静香衆院議員が鳩山法相の死刑執行に対して,苦言を呈していた。
死刑廃止論の人達は,「死刑に犯罪の抑止力はない」と言う。
私は死刑廃止論者ではないが,死刑に限らず,今の刑そのものに犯罪の抑止力は無いと思っている。
大体,罪を犯す人間が,一々罪を犯す前に「この人間を殺したら,自分は死刑になるかもしれないのでやっぱり止めよう」なんて考えない。
また「万引きを見つかったら窃盗罪になって逮捕されるので,止めておこう」なんて思って止める人間はいない。

殺人をするにしても「1人くらい殺しても死刑にはならんわ」と言う事は考えるかも知れない。万引きをしても「まぁ,謝ってお金を払ったらおしまいや」と思ってやる人間もいる。
要するに「死刑」と言う刑は,犯罪者に対しての刑ではなく,被害者の溜飲を下げる刑だと思う。

そう言う意味では,死刑は被害者感情を考慮すると残しておかないといけない刑のように思う。昔は「仇討ち」と言う行為が許されていた。これに準じるものではないだろうか。もし我が子が殺されて,加害者が無期懲役と言う訳の解らない刑になったとしたら,私は加害者が社会に出て来るのを待ってこの手で殺してやる。でも私は「この加害者を殺せば,自分も相当のを受ける」と解っていても,やってしまうだろう。だから刑なんて犯罪の抑止力にはならないのだと思う。
そう言う事を避ける為に,死刑は必要だと考える。

でも私は死刑に代わる重い刑を作って欲しいと思っている。
最近「死にたいから人を殺す」と言うアホがいる。自分で死ねないから殺人を犯すのだ。そう言う人間は,もっとも悲惨な死に方をさせなければいけない。死ぬ事を願望にしている人間に対して,死刑を求刑すると言う事は,重罪犯の願いを叶えてやるのと同じだ。
池田小事件の犯人は,死刑を求刑されて,即,死刑にされた。刑は相手に苦痛を与えて罪の重さを考えさせる為にある。ところが,コイツは何の精神的な苦しみを受けないままに死刑になった。こんな刑なら止めた方がマシだ。

そこから考えると死刑は廃止である。そしてアメリカのように一生牢屋から出さない事だ。冷暖房なしの暗い独房へ,一生入れておく事だ。気がおかしくなって悶死でもすれば,自業自得だ。何せ,1人の人間の人生を奪うのである。それくらいの苦しみを受けて当然だ。

大体,今の裁判にも問題はある。過去の判例に従いすぎる。昔と今では時代が違うのだ。
万引き一つをとってもそうだ。戦後は生活の為,生きて行く為に,悪いとは解っていながら万引きをした。そう言う人間は,更生のチャンスを与えるべきであり,そのお陰で立ち直った。ところが今の万引きは,買えるだけの金があるにも関わらず,ゲーム感覚で万引きをする。こう言う人間に更生の余地はあるだろうか?万引きは「罪だ(悪い)」と言う意識がないのだから。
だから多寡が万引きでも刑を重くしないといけないだ。勿論,刑を重くしても万引きは無くならないだろう。でも刑を重くすると,万引きの罪の重さ,自分がやった罪の重さを知る。だから更生出来る可能性はあるのだ。

死刑を廃止するかしないかと言う問題より,もっと大事な議論をする事はないだろうか。
どうしたら犯罪のない国にする事が出来るのか。
昔,殺人の専売特許は暴力団だった。今は一般人でも拳銃を手に出来る。殺人が日常茶飯事だ。でも日本人は,まだ危機感を持たない。本当に大変な国になったのだ。

どうすれば犯罪をなくせるか・・・。それには子どもの教育しかないのである。今更,大人を教育しようとしても無理な話だ。
兎に角,社会環境から変えていくべきなのだ。24時間営業の店なんて要らない。ここから改革していかないといけない。夜中に乳飲み子を連れてカラオケやタバコの煙ムンムンの居酒屋に行っているバカ親もいるのだ。
子育てが出来る環境作り,子ども達が育つのに良い環境作りを今からして行かないと,この先,日本はドンドン悪くなって行く。
子ども達にとって良い環境は,「大人にとって不便な社会」なのだ。コンビニも午後10時で終われば良い。カラオケもゲームセンターも,みんな午後9時までで終了すれば良いのだ。カラオケやゲームセンターなんか,無くても生活していく上で誰も困らない。
何でもかんでも金儲け主義で走ってしまうから,子ども達もおかしくなるのだ。そのしっぺ返しを今,受け始めているのだ。

子ども達は,夜,何処にも行くところが無くなれば,家で本でも読むだろう。私が子どもの頃の夜の過ごし方は,白黒テレビとラジオと読書だった。CDも無ければビデオもない。
ラジオは,高校生まで必需品だった。中学校から高校生卒業までは,ラジオの電リク(電話リクエスト)を聞くのが楽しみで午後9時からずっと家にいて聞いていた。また外に出ても遊ぶところがなかった。
こう言う社会に戻れば良い。正月3ヶ日は,店は全て休みにする。そして日本の良さを感じる。新年は家族で一年の豊富を話し合いながら祝う。
どうだ。
これで日本は変わる。
が,全く不可能な事だ。
もうやってられん。



子育て・家庭・学校 | 14:54:13

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